グレートクリムゾン(2)
カタストロフの動きが変わる。無造作に間合いを詰めるミュッセルを怖れてのことか。あるいは別の理由からか。
(こいつは闘争本能の塊みてえなもんだ)
以前、マシュリに聞いた発生の経緯からすればわからなくもない。しかし、生物としては異常である。異常であるゆえに読みにくさもある。
(縛りがなさすぎて、なにしてきやがるか。下手に研究できねえから生態全容を解明できねえってんだから敵わねえな)
わかっているのは記録された部分のみ。それ以外になにができるかと問えば、あの美形エンジニアをして首を振らせる。
「君が怯えさせるから逃げ隠れしてるじゃないか」
「知るか」
倒れた障害物の間を縫って駆けまわり見え隠れしている。不用意に近づけさせない動きに思えた。
「炙りだしゃいいだろ。燃料焚べるか?」
中の様子も見ていたのでディスクビームが使えるのはわかっている。
「そうだな。弾数増やしとこう」
「外すなよ?」
「冗談」
念のためにぶら下げてきたプラズマ爆弾。焼くだけならそのままでも使えるが、ミュッセルは手に取った弾体に手首のチャージプラグを差し込んでオーバーチャージする。それを放り投げて起爆させグレオヌスが変換、ディスクに吸収させた。
「当たってもダメージ浅いんだけどさ」
「別にいい。追い出しゃ俺が詰める」
ヴァン・ブレイズを走らせるとレギ・ソウルもついてくる。二人はドームのドローンも使って索敵しているので見失ったりはしない。グレオヌスは狙いを付けて狙撃する。
「どんな立地がいい?」
ちょっと鼻声のエナミが訊いてくる。
「詰めはちっと開けたところがほしいが、それまでは関係ねえ。無理すんなよ」
「ん、いい。ナビさせて」
「当てていかないと効果ないから誤差補正頼めるかい?」
精密射撃はまだ不可らしい。
「うん、グレイ。照星反映、マシュリさんがやってる」
「助かるよ」
当てずっぽうでも無意味ではない。足元を焼くビームにカタストロフは進路を制限されている。予想してショートカットも可能だと考えた。
「先回りする。続けてろ」
「ああ」
エナミのナビで進路予想を立てて平地を走りスティープルを飛び越える。浮いたタイミングで狙撃されるも、ブレードスキンで弾く前にレギ・ソウルのディスクが受けてくれる。効果が薄い攻撃を続ける敵に若干の違和感を覚える。
(そんな奴か? そこまで手詰まりだとも思えねえが)
とにかく動きまわっていた。
それも長続きしない。カットしたヴァン・ブレイズが進路をブロックすると地面に爪を立てて止まった。すかさず一気に距離を詰める。牽制の衝撃波咆哮をテンポよく避けて接近。綺麗に芯を作れたリクモン流打撃の右拳が受ける手を弾き飛ばした。
(あん?)
ミュッセルは妙な感触に引っ掛かりを覚えた。
理由を見つける暇もなく連撃を放つと押していく。しかし、明らかに受け身のカタストロフはまともに受け止めず捌いている。そうなると彼の攻撃も通りにくい。
「こいつ……」
「逃げ道を模索してる? それにしては、うーん」
グレオヌスもその行動の違和感に気づいたらしい。しかし、二人掛かりでも思惑は読めない。
「だからって緩めるのもな。なにか企んでるにしても挟めねえくれえ押してやっか」
「そうだね。僕がフォローできるから試してみるかい?」
「任せた!」
ミュッセルは陽動気味に下がっていく赤茶色の駆体を攻め立てる。受け気味の姿勢なのでヒット数は稼げてもダメージは小さいまま。足運びは露骨に誘いを示していた。
(いいかげん、こいつも俺の戦闘勘をわかってきてるはずだ。だってのに、これかよ。どんな逆襲を狙ってやがる?)
わからない。わからないが、背中を狼頭の相棒に任せているかぎりは相当の無茶も利く。消極的になるほうが相手の術中に嵌る気もしていた。
「っらぁ! 往生しやがれ!」
「シャー!」
激しい威嚇音も裏を感じさせる。
(同じタイプだからよ、考えが透けて見えんだよ。仕掛けるならここだろ? やってこい)
気構えはできている。
だが、逆襲の起点はカタストロフではなかった。ミュッセルの戦気眼に思わぬ方向から金線が走り飛び退く羽目になる。相対しているヴァン・ブレイズの背中を襲ったフォースウィップが機体をかすめていった。
「……そったれぇ!」
姿勢の崩れた機体に畳み掛けるように攻撃が浴びせられる。一部はレギ・ソウルのディスクが阻んでくれたが、転げまわって回避しなければならなかった。
「分体だって!?」
グレオヌスも慌てている。
「取りこぼしか?」
「そんなわけない。最大限に警戒してたさ」
「待って。今、分析してる」
メリルも少々興奮気味の声音だった。彼女は今後のために戦闘記録を取っている。解析は後まわしの予定だったが前倒しの必要が生じた。
「これ……」
「なんだってんだよ」
「自切してる」
分析映像の中にカタストロフが駆体の一部を自切しながら走っている様子が映っていたという。それが分体を生み、攻撃してきたらしい。
(それかよ、さっき妙に軽くなったと思ったのは。こいつ、身を切って罠を仕込みやがった)
目の前に広がるリングには無数にスティープルが倒れている。そのどこに分体がひそんでいるかわからない状態。
ミュッセルはグレオヌスと顔を見合わせて苦虫を噛み潰した。
次回『グレートクリムゾン(3)』 「勝負するかい?」