我慢の報酬
きっかけを得たグレオヌスは果敢に走り始める。カタストロフを中心に円弧を描き、今やリングを埋め尽くす倒れた障害物にを乗り越えながら。
同時にサークルディスクも動かし、限界距離近くに散らして飛ばせる。ビームを一発だけ発射すると分解して裏側に忍ばせた。そして、エネルギー細片で中心を叩く。
「少し動いてもらおう」
「シュ!」
ディスクの中央から白い光条が放たれる。ディスクには質量粒子は乗ってないので純粋なエネルギービームである。それがヴァラージの足元を焼いた。
文字どおり、焼いたのである。質量弾体が乗っていないので貫通力に乏しい。地面の人工土を溶かしてガラス化させる。それで構わなかった。我慢して、使い方を模索した報酬が手に入る。
(こっちのほうが奴にはダメージ大きいからさ)
金属でない甲殻を持つカタストロフに通常ビームを直撃させると貫通力のほうが勝る。通過部分の組織は破壊できるが再生力も強い。ダメージが一部に限定されれば再生のほうが上回る。
しかし、直撃したディスクのビームはそのエネルギーをほぼ熱に変換する。焼損は周囲の組織にまで及ぶ。つまり、効果範囲が広い攻撃なのだ。
(アームドスキン相手ならビームコートや装甲内排熱ジェルとかで防がれる攻撃が、こいつには直接ダメージになる)
グレオヌスの読みどおりである。
(で、それだけじゃない)
熱線とも呼べるビームの性質に気づいたカタストロフは回避に移動を始めた。レギ・ソウルと距離を取るように対角の円弧を描いて。
そこへ、グレオヌスは機体を一直線に差し向ける。意表を突くつもりではない。それがこれから最も有効な攻撃距離と化す。
「ジャジャッ!?」
「さあ、僕の間合いの出来上がりだ」
ディスクを集中させたりしない。あくまで補助手段である。グレオヌスの領分はどこまでいっても剣闘技であった。今まで遠慮のあった攻撃を思い切り振るえるときが来たのだ。
「ふっ!」
下段へ引きつつ左手のビームランチャーをヒップガードに噛ませる。余した左手でグリップエンドを包む。上へと振り抜くと、テコの原理で剣先は加速。ブレードは受けに来たフォースクローを軽々と弾いた。
左手を引き下ろすと自動的に剣身もついてくる。その一閃はカタストロフの右手首から先を刎ね飛ばしていた。分体を作らせないよう避けていた攻撃である。
「ギシャアー!」
「これからは遠慮しないさ」
そのままにすれば飛んだ手首から分体を作るだろう。しかし、それは許さない。ディスクから発したビームが手首を一気に焼く。炭化した組織はさすがに再生力は示さない。検証済みである。
「シャー! ジャー!」
それを見たカタストロフが警戒して威嚇を強める。
(とはいっても、ヴァラージ本体を焼き尽くすほど照射するには動きを止めないと無理か)
彼一人でできるのは消耗させることだけ。
(早く戻ってくれないかな、ミュウ?)
時間は稼げたが、決め手になる相棒を待たねば倒せないグレオヌスだった。
◇ ◇ ◇
「反物質爆弾の補給を要請いたしますか?」
「いや、いい」
リフトトレーラーのキャリアに飛び乗ってブレストプレートを跳ね上げる。パイロットシートが外に出る前にマシュリが尋ねてきた。
「切り札なのに見せちまった。次は警戒される」
「撃滅手段を失ったと?」
「いや、ある」
シートから立ち上がると直接視線を合わせて言った。
「あれですね?」
「おう。一発勝負だがよ」
「わかりました。右腕を」
左手で右上腕を持ちパージする。外した残り部分をキャリアの上に放り捨てた。周囲に集まっていた協力メンバーのクロスファイト選手が苦い表情で見上げている。
新しい右腕を持ち上げると断面を合わせて接続処理に移る。ジョイントクランプが腕を噛み込み、自動でコネクタが繋がっていく。
「接続確認三十秒です」
マシュリが言うまでもないことを言う。その意味するところを察した。
(……エナ)
ドライブルームから出てきた少女が今にも涙がこぼれ落ちそうな瞳で見上げている。
掛ける言葉に困っていると口を開いた。しかし、なにを言うでもなく閉じられる。すぐに伏せた顔は、わずかに引き結んだ口元を見せるだけだった。
(…………)
鈍い自分でも察せられる。エナミは引き止める言葉が思わず口をついて出るところを我慢した。身体を震わせてまで。足元にボタボタと涙が落ちる。ミュッセルは飛び降りずにいられない。
「偉いぞ」
それが彼を最も困らせると知っているから。
両手を差し入れて頬の涙を拭う。上向かせた瞳は濡れそぼってなにも見えていないだろう。我慢の報酬にその唇を奪った。なにより、愛おしくて堪らなかったのもある。
「ちょっとだけ待ってろ。すぐお前んとこに戻る。相棒が待ってるからよ」
エナミは静かに頷くだけ。
「格好つけんな! さっさと行け!」
「この女殺しー!」
「うっせえ! てめぇらは黙ってろ!」
少なくない観衆が囃し立ててくる。しかも、マスメディアのカメラドローンが大量に飛び回っている真ん中で、だ。情に駆られたとはいえ、我ながら大胆なことをしてしまったと赤面する。
(やっちまった。これで完全にユナミ局長の首輪が嵌っちった)
ミュッセルは苦笑いしつつ、恋人の頭を一つ撫でてコクピットに戻った。
次回『グレートクリムゾン(1)』 「余計なこと言ってんじゃねえよ!」