ドームへの長き道のり(2)
(ここからはデリケート。あまり追い詰めると強化変形してしまう。それはアウト)
メリル・トキシモは肝に銘じる。
これまでは多少の幅があった。ヴァラージが変形しようが随時修正していけばいい。遊びと呼べるものを設けていた。
本当は誘ってルートに乗せるべきだったが、デオ・ガイステやフローデア・メクスに押させたのもその一つ。カタストロフが誘導に気づいた素振りを見せたので許容したのである。
(動かすのはチーム『ギャザリングフォース』、わたしの指揮に慣れているからやりやすい)
ウィーゲンたちなら彼女に心酔している。スタンドプレイは少ないと信じている。戦死の恐怖はつきまとうだろうが耐えてくれるであろう。
「ここでお報せいたします!」
間髪入れずフレディの一声。
「カタストロフを居住ブロックに侵入させてしまったのは当初からの作戦であります。地上がほぼ更地の工業ブロックで撃滅できればベストではありましたが、あまり激しい戦闘で街区まで被害を及ぼすのは危険との星間管理局の判断でした。冬の惨事は記憶に新しいことと思います」
居住ブロックの一角がほとんど更地になってしまうような損害だった。避難により人的被害は免れたものの復興には数ヶ月を要するほど。それを星間管理局は容認しないとの見解。
「この度は本格的な討伐攻撃を、居住ブロックに被害が及ばない場所で行うことにいたしました」
滔々と解説してくれる。
「それが、この誘導ルートの先にございます。果たしてどこなのでしょうか? 皆様、予想してみてはいかがですか?」
意識を逸らす発言である。街区に怪物を招き入れてしまう問題を、別の興味をそそる話題で塗り替えてしまおうとしているのだ。あえて問い掛けて民心を誘導している。
(それほど難しい問い掛けじゃない。だからこそ正答に気づくと意識がそこに向く。上手い)
俳優出身のリングアナの話術に舌を巻く。
上空からの映像で観戦している市民に嘘ではないと知らせるのも重要。意図してメンバーのアイコンを操作する。
「おーっと、ここで『熱き剣閃』ガヒート・バイス選手が飛び込むぅー! 勇敢にもカタストロフの光る鞭を弾き飛ばして対峙したぁー!」
指示どおりである。
「こうしてみるとサイズの差は絶望的に思えます! まるで大人と子どもの勝負だぁー!」
全高20m前後のアームドスキンが身長30mに及ぼうかというカタストロフの前に立つと心細く思えるだろう。しかし、彼女のチームは退きはしない。無論、フォローもあるのを自覚している。
(バーネラとマルナを左右の後ろに控えさせてる。万一、大破して緊急離脱しても追い打ちされないという安心感がなければさすがに怖ろしいでしょうけど)
「照準されて阻もうとしているがそれは無理だぞ、カタストロフ! 液体のアンチVはリフレクタを通過するぅー!」
直撃した薬液が再生しかけのレンズ器官を溶かす。
「まるで水鉄砲で怪物を攻撃しているかのような光景! ですが、効果はあります! 滑稽とも思えますが事実です!」
打ち下ろしのフォースクローをガヒートが受け止める。荷重で足を強制的に止められた。螺旋力場がのたうってヘヴィーファングを打ちすえる。力場で弾かれて横のビルに叩きつけられた。
「カタストロフも負けていない! これはガヒート選手、ピンチぃー!」
すかさずバーネラが割って入る。反対側のビルに背中を預けてスプレーノズルにしたアンチVランチャーを噴射しっ放しにした。カタストロフはミストを嫌うも、ダメージを与えたガヒート機を追おうとする。
「『踊るブレード』バーネラ・ククイット選手の見事な救援ー! ガヒート選手、からくも脱出します!」
(それでいいの。劣勢に見せて誘う。本来の作戦方針。それができる精神力と耐久力があなたたちにはあるはず。日頃の努力の成果を見せて)
足を緩めつつも移動するヴァラージ。理想的だ。動かしながらも逸走させない微妙なコントロールが求められる。
「追いつかないと見るやバーネラ選手に襲い掛かるぅー! ところが、それも誘いだぁー! 『冷徹なる剣閃』マルナ・ショルダン選手に背を向けるなど無謀ー!」
背後に滑り込んだマルナのヘヴィーファングが下から背中を一閃する。さらに変化した刺突がスラストスパイラルの根本に突き立った。螺旋の力場が明滅するほどのダメージを与える。
「シャギャー! ギシュッ!」
「あらあら、そんなに痛くて? ごめんあそばせ」
マルナは挑発しつつもするりと離脱する。同時にバーネラも機体を逃がしていた。興奮したカタストロフは堪らず機影を追う。
「手厳しいぞ、このお嬢様方! おっと失言でした!」
十字路に差し掛かったところで両機が左右に別れる。視界の開けた通りの先には片膝立ちのユーゲルが待っていた。
「これは『背中の担い手』ユーゲル・シェイカス選手の手の内ー! 必殺の狙撃が怪物に襲い掛かるぅー!」
ユーゲルの放った三斉射はヴァラージまで少々距離がある。ただし、それは計算どおりのもの。空気抵抗で分散したアンチVの飛沫をカウンターで浴びることになる。
「ジャアー!」
悲鳴をあげるカタストロフ。
(継続して生体ビームレンズにダメージを与えられてる。これを続ければいい)
メリルはギャザリングフォースだけでドームまで誘い込めないかと期待が募った。
次回『ドームへの長き道のり(3)』 「ミュウみたいな笑い方してますよ、先輩」