激闘のリングで(3)
ミュッセルのツッコミで緊張感に包まれつつも熱狂していたアリーナは少し温度を冷ます。しかし、グレオヌスにとってはそれどころでなかった。
(やられたな)
罠というほどではないが不利になっているのは事実。
(オープンスペースなら手数の多いミュウにも剣の間合いのリードで対抗できてた。パイロットスキルは同等。バランスを保ててたのに、さっきの一撃でひっくり返されたね)
リクモン流の特性をわかっているつもりで、しっかりと把握できていなかったのが誤算だ。ここまではヴァリアントが地に足を着けている状態の攻撃を警戒していれば良かったのに、そのリードが失われてしまった。
「手詰まりとか抜かすなよ?」
間をとる彼にミュッセルが言ってくる。
「ちょっと困ってる」
「ばーか。ほんとにビビってたら一も二もなく逃げ出すぜ。さっさと広い場所にな」
「確かにね。手がないわけじゃない」
正眼にかまえていたのを、ブレードを消してグリップだけを自然体で提げている。間合いを読ませないためではなく、視界を広く取って周囲の状況を頭に入れるためだ。
(ポールとポール。今日は隙間が狭めだ。あそこにアングルと、その先にプレート。このへんはアングルが少なめか)
日によって配置が変えてあるので前もってスティープルに合わせて作戦を立てるのは不可能。コンディションを頭に入れてその場で対処するしかない。
「覚悟決めたか?」
「もう詰みのつもりかい?」
「さっきので俺の手札が終わりと思うなよ?」
不気味なことを言う。しかし、ミュッセルはつまらないブラフを仕掛けてくるような男ではない。少なくとも彼相手にしてこないはずだ。
(なにがくる?)
集中しつつ緊張を緩める。
「この二人の戦いはすでに私の予想を遥かに超える異次元の領域に入ってきております! 次はいったいどのような攻防が行われるのでしょうか? それは理解できるようなものなのでしょうか?」
フレディの声音にも重さが備わってきた。
「っらぁ!」
「むん!」
一足に飛び込んできたヴァリアントが地面が弾けるほどの速度で蹴り足を伸ばしてくる。ロングタイプのブレードグリップから左手を外して横から突いて逸らす。
体を入れ替えたタイミングで振り返り様に斬撃を放つが、もうミュッセルは移動している。近場のプレートに拳甲を当てた状態で足刀が飛んできた。
「くぅ!」
「しっ!」
しゃがんだところを、唸りを上げて通り過ぎた蹴撃にはどれほどのパワーが込められていたものか。下から刈りに行くがすでに引き戻されており、二発目を拳甲で捌く。
「うおっ!」
拳甲ごと弾かれて機体を起こされる。レギ・クロウの無防備な胴にトルクを得た両手突きが刺さりそうだ。グレオヌスは思わず左手で巻き取りつつ半身で躱した。
「お前なぁ」
「なにかな?」
「しらばっくれやがって」
トンと地を蹴るヴァリアント。今まで絶対に見せなかったジャンプをしている。あまりの隙に身体が反応して踏み込みつつ斬撃。しかし、相手は空中で止まっていた。
「それはどうなんだい?」
「文句あっか?」
プレートに張り付き、半ば横向きに立っている。反重力端子を効かせて重量軽減し、さらに左手でプレートの端を掴んでいた。
それはチーム『フラワーダンス』の『空飛ぶトリガーガール』サリエリが得意としている空中戦法。彼女は高い位置からの視界で狙撃を決めていた。
「なんとミュウ選手、空中戦を挑むのかぁー!」
違うのは即座にわかっている。問題はそこからなのだ。
(跳んでくる。スラスターの性能差まで埋めてきた)
下がろうとするが時すでに遅し。
落下速度まで加味して落ちてきたヴァリアントの着地点に斬撃を落とす。しかし、足を着く間もなく次のジャンプで反対にあるプレートへ移動。そこから再び剛速の蹴撃が放たれる。
「ったく!」
蹴りに左の拳を合わせる。それは迎撃ではない。相手の力を利用してその場から逃れる術。パンチのパワーも乗せてレギ・クロウは大きく飛び退いた。
「苦しい! 苦しいぞ、グレイ選手! 悪魔の手管に絡め取られて防戦一方だぁー!」
つま先に地面を喰ませてブレーキをかける。追撃してくる赤い影に牽制の横薙ぎ。ところが、もう制限のないミュッセルは大きく跳ねて背後のポールにぶら下がっている。
「マズ!」
天地を逆にポールを蹴って両手突きが襲ってきた。かろうじて左手で弾く。反動で機体を大きく逃すことはできたが、両手突きは地面を砕いて爆発させた。派手に土埃が舞いあがる。
(来るか?)
迎撃に備えるが追撃はなし。ミュッセルは後ろ足で穴に土を蹴り落としつつその場に立っている。
「いい加減にしろよ、グレイ。もう透けて見えてんだぞ?」
「なにが……?」
「本気出しやがれ。じゃねえと、このまま潰しちまうぜ?」
(無理か。これほど使って見せたら気づいて当然)
自然に垂らしていた右手のブレードグリップを前に突き出す。その先のヴァリアントは来い来いとガントレットで招いている。
グレオヌスは前後に足を滑らせて姿勢を低くもっていった。
次回『決着へ(1)』 「僕は楽しくて仕方ないな」




