激闘のリングで(2)
ミュッセルとグレオヌスの凄まじい戦闘が繰り広げられているリング。一撃一撃を緊張感を持って見つめていたビビアンは、とある事実に気がついた。
(ミュウが仕掛けてる!)
一瞬パノラマモニタを切って上空からの大型俯瞰表示パネルに目をやる。確実に衝突位置が障害物エリアへど移動しつつあった。
(もしかして?)
ヴァリアントの動きが若干変わっている。足捌きを多用し、拳撃の回転数も上がっていた。レギ・クロウを押すように動いている。
(あれだと気づいたときには周囲をスティープルに囲まれてるかもしれないわ。スタミナを費やしてでも仕掛けるっていうのは、そこに勝機があるってこと?)
しかし、彼女にはミュッセルの思惑まではわからない。スティープルといえど、ブレードを振れないほど密に配置されているわけではないのだ。
「どうしてそこに?」
「あ、ミュウが!」
エナミの声に意識を戻すとヴァリアントがポールの影に動いてレギ・クロウの斬撃を躱したところ。
「スティープルを使う気なのかしら?」
「たぶん」
(でも、その程度で彼の斬撃を抑え込めるとは思えない。なにを狙ってるの、ミュウ?)
ビビアンはヴァリアントの位置取りにも目を凝らした。
◇ ◇ ◇
レギ・クロウのブレードはポールをなぞるだけで斬り裂くわけではない。ポールの鋼材は力場の干渉でチリチリとオレンジ色の火花を放ったのみ。
「これで僕の攻撃を止められるとでも?」
「思ってねえよ。同じことがお前もできるだろ?」
ミュッセルは言い返す。
「たしかに。使いようはあるね」
「ポールじゃ詰めきれねえが、プレートやアングルなら押し込めることだってできるぜ」
「ああ、その場合、間合いの関係でブレードのほうが有利でないかな?」
突きや斬撃で逃げ場を消すことができる。これまでのように横っ飛びで躱して間合いを取り直すという手段を取らせなくできるのだ。
「そうまで言うなら別の理由があるね?」
「ったりめえだ。お前が気づかないわけがねえから教えねえのは無駄だろ?」
詰められないようミュッセルはパンチを重ねて押していく。グレオヌスはすり足で下がらせながら間合いを計っていた。
次の拳撃をレギ・クロウがするりと横に躱す。そこにはアングルが控えていて、彼のパンチが派手な音を立てて打ち付けられた。
「おーっと、誤爆だぁー!」
リングアナががなり立てる。
「これは自ら不利なポジションへと入り込んでしまったのかぁー!」
グレオヌスはアングルの山形のほうへと抜けていく。続けたまわし蹴りも鋼材の表面を叩いただけ。
ブレードが円弧を描いて出足を消される。ヴァリアントはアングルの平面を背負わされた。逆サイドにも突きが飛んでくる。
「詰められたぁー! これはミュウ選手、絶体絶めぇーい!」
そこで腰だめにしていた拳を放つ。なんのフェイントも加えてもいない平凡な一撃。弾いて詰めるべくグレオヌスはブレードグリップの握っていない中間で捌こうとした。
「なっ!」
柄で受けたはずのたった一発のパンチでレギ・クロウは吹っ飛んでいる。後ろへ転倒しそうになるのをどうにか免れていた。
「君はいったいなにを……? まさか!」
「わかったかよ」
右のパンチは突き出されているが、左手は鋼材につけているのに気づいたのだろう。ミュッセルは両腕に芯を通してパンチの威力を数倍に高めていた。
「オープンスペースじゃこいつはできねえからよ。誘い込ませてもらった」
「これは、やられたかもな」
今ので完全にスティープルエリアに機体を押し込められている。再びオープンスペースにヴァリアントを引っ張り出すのは至難の業だ。
「なんとぉー! 起死回生の一撃は『狼頭の貴公子』を地獄の底に叩き落とす策略だったぁー! おそるべし、『天使の仮面を持つ悪魔』ぁー!」
「うっせえっつってんだろ!」
グレオヌスが来てからは一度も見せていなかった技である。確実に動揺が誘えるはずだった。
(しかも、こいつの怖ろしいところはそれだけじゃねえ)
ブレードの動きが鈍る。明らかにヴァリアントがスティープルを背負う場所には行かせないよう攻撃を躊躇っている。そこを危険領域と認識した。
「そんなに嫌がんじゃねえよ」
「冗談じゃないさ。その威力は十分崩しの一手目に使えるじゃないか。そう簡単に食らうわけにはいかないね」
「付き合い悪ぃなぁ」
ミュッセルは余裕をもって姿勢を低くする。オープンスペースでは間合いを縮めるのは度胸のいる決断だったが、ここでは使えるものが多い。幅が大きく取れる。
「貴公子は罠に嵌ってしまったぁー! このまま悪魔の餌食になってしまうのかぁー?」
グレオヌスのファンになった女性陣からブーイングの嵐が降ってくる。決勝だけあって超満員のアリーナには色んな層がひしめいていた。
「なにすんのよ、この野蛮人!」
「正々堂々と戦いなさいよ!」
「顔が可愛ければなにしてもいいわけじゃないんだからね!」
「最後のは余計だ! 最後のは!」
思わずツッコまざるを得ないミュッセルであった。
次回『激闘のリングで(3)』 「もう詰みのつもりかい?」




