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逃げた女帝

 エイクリン・ヌージットが眺めていると、隣で眠っている恋人のユーシカ・アイナルの長いまつ毛が震え、ゆっくりと榛色(はしばみいろ)の瞳が顔を出す。しばらく呆けていたが彼の姿を認めて感情の色を取り戻した。


(うなされてたから気になったけど心配ないのか?)

 油断はできない。


「夢を見ていたのかい?」

 尋ねると瞬きをくり返している。

「そうだな」

「どんな夢?」

「…………」


 彼女は答えない。それが答えだ。過去を思いだしていたに違いない。忘れさせようとしても忘れてくれない過去を。


「少女たちにつらい思いをさせてしまった。あれは傷になるだろうか?」

「なりはしない。彼女たちも曲がりなりにもクロスファイトのトップに数えられるようなチームのパイロットだよ。勝利も敗北も十二分に味わってきてる」

「しかし、あの年頃は努力の結果が出ないと、まるで自身が否定されたかのように感じるものだ」


 間違っていないと思うし、彼女の心根を表していると感じる。これが「女帝」の異名を持つチーム『フローデア・メクス』のエースの本当の姿だと誰が信じようか。


「フォローしてくれる大人もたくさんいる。うちと同じワークスチームなんだし」

「立派な大人なのを祈ろうか。一度の敗北を責めないような」

「責めはしないはずだよ。ヘーゲルはまだ試行錯誤のど真ん中にいると思うから」


 彼らの所属するドルステン社のワークス『フローデア・メクス』はクロスファイト発足当初からの古参チーム。フラワーダンスも経験値は少なくないが、ヘーゲルのワークスチームとなったのは今シーズンでしかない。


「フィジカルコントロールは難しい。特に身体ができあがっていない頃はな」


 彼女が半身を起こすと白い背中が薄暗い部屋に浮かぶ。滑らかな肌の所々に残っている古傷は戒め。全てを背負って生きると誓ったユーシカが望んで消さなかった傷だ。


「そんなことも言えなかった少女時代の君とは違うよ。限界を知ったフラワーダンスはこれから変わるだろう」

 言葉で背中を抱く。

「ああ、クロスファイトのリングは戦場じゃない。ルールがあり、勝利条件も確固としている。管理も慣れれば難はないな」

「そうさ。強くなるほどに学んでいくだけ」

「お前は優しいな。私にだけじゃない」

「そこで嫉妬するくらいだと俺も甲斐があるんだよ?」


 情を求めると、振り返った彼女がエイクリンの額に口づけてくる。白い胸にも数多くの傷が残るが恥じて隠そうともしない。


(そんなユーシカだから、あそこには置いておけなかった。俺たちは戦場から逃げるようにしてメルケーシンに活路を求めたんだ)

 自分の判断は間違っていないと再確認する。


 エイクリンとユーシカは故国の軍に所属していたときからの仲である。当時は互いの傷を舐め合うように愛し合っていた。今思えば情けない関係だったと思う。


「私は故国の人を守るために生まれてきたようなものだ。才能がそれを示している。そうだろう?」

 豪語して譲らなかった。


 二人の故郷の惑星系は歴史は浅いながら産物に恵まれていた。当初は豊かであり謳歌していたが、列強各国に囲まれたような立地がそれを許してくれない。

 搾取を拒めば圧力が襲ってくる。それも跳ね返そうともがけば戦争に発展することも少なくない。本星防衛の任に当たる軍人は豊かさの裏で過酷な環境にあった。


(なまじ経済力があっただけに継戦能力も高かった。問題は兵士の質だけ)


 そんな時代にユーシカは生まれ、そして当然のように頭角を現した。彼女は自身を誇るように極めて優秀なパイロット。軍部が逃すはずもない。


(傷つきながらも誇り高い背中を示して皆を引っ張っていってたからな)


 圧倒的な物量相手に負傷しつつも決して負けはしなかった。しかし、彼女が強ければ強いほど攻撃も苛烈になる。結果、パイロットとして練れていく。


(最後の頃は敵機がアイコンのようにしか見えなくなった。トリガーを押し込むのにわずかな苦痛も感じなくなったみたいだ)


「誰かを守るのに誰かを殺すのは正しいのだろうか? それをなんとも感じなくなった私はもう壊れているのだろうか?」

 吐露するユーシカを抱きとめる日々が続く。


(そのままじゃ彼女はアームドスキンを操縦する部品みたいになってしまう。そう感じた俺は無理矢理に連れだした。戦場から逃げだすように除隊して生きる道を探った)


 ドルステン社のテストパイロットの仕事を得て、ようやく安定した暮らしに落ち着いた。そして、クロスファイト開始とともにチーム『フローデア・メクス』の中心にと収まったのだった。


「今でもお前に従ったのが正しかったのかどうか悩むときがある」

 眉が歪む。

「正しかったんだよ、ユーシカ。誰も傷つけず、こんな豪勢な暮らしができてる今のどこに不満が?」

「故国の人々を捨てた。それで得たものだ」

「管理局の仲裁が入って故郷も救われただろう? 思い悩む必要もない」

 少しだけ瞳が揺れる。

「で、結局は闘争の場に身を置き、『女帝』などと怖れられるのは皮肉か」

「ポーズだよ。サービスの一環でしかない。君にかぎって名に溺れたりしないしね」

「少女をなぶっているでは世話はない」

「油断してると仕返しされるよ?」

 そう言うと眉根を寄せた。


(それでも負けたくはない。戦士の魂は死んでない。ユーシカが心穏やかに暮らせるようになるまでは、もう少し時間が必要かな)


「朝食にしよう。今日はツインブレイカーズの少年たちと決戦の日」


 エイクリンは唇をついばみ告げた。

次回『四天王フローデア・メクス(1)』 「お前の血で染めてみっか?」

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