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ゼムナ戦記 クリムゾンストーム  作者: 八波草三郎
真紅への挑戦

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激闘のリングで(1)

(ヤベぇ)

 ミュッセルは感じていた。


 危機感ではない。焦燥でもない。人生の中で初めて覚える例えようもない感情。ピリピリするような多幸感という相反する感覚が腹の底から湧きあがってくる。


(気ぃ抜いたら一瞬で終わっちまう)

 なにしろ逃げ場がない。

(ここで地から足を離したら勝負ありだ。こいつのとんでもねえ斬撃から逃げる術を失う。跳んだ瞬間真っ二つになる)


 アームドスキンに機動力はある。当然ヴァリアントも飛べる。空中でも姿勢を変えられる。ただし、どうしようもなくタイムラグが存在する。

 ヴァリアントのパルススラスターは並列型パルスジェットがスムースな姿勢制御を生むので有名。しかし、噴射から姿勢の変更に間ができてしまうのだ。グレオヌスなら二撃あるいは三撃は挟み込めるような間が。


(姿勢を変えられないような状態でしのぎきれるわけがねえ。このオープンスペースで跳んで躱すのは無理ってもんだ)


 ましてや今は反重力端子(グラビノッツ)出力を小さめに設定している。一撃の重さを高めるためだ。機体重量を使うという意味もある。

 それとリクモン流の特性もある。最大の効果を発揮するには足から腕、あるいは腕から腕といった芯を通すラインが必要。空中では推進力点から通すしかない。若干パワーが落ちる。


(グレイ以外の相手なら誤魔化す隙間くれえ作れるんだがよ、こりゃ駄目だ)

 攻撃するときは相手の剣の間合いでもある。回避できない状態で挑むのは勝負を投げ捨てるようなもの。


 ブレードスキンで刃をこすりあげた隙間に掌底を忍び込ませる。上半身をひねって躱され、自由になったブレードが肩口に落ちてきた。

 踏み込んで手首を打ってかち上げ、スピンして肘を脇に飛ばす。その前に腰にレギ・クロウの膝が刺さるタイミング。軌道を変えて膝を横から叩いて間合いを外した。


「これ続ける気かよ?」

「集中力がもつ間は」

「夜中までやる気か?」

「時間が許せばね」


 お互い軽口を挟む程度の余裕はある。だが、現実に今の状態が維持できるのは一時間がせいぜいか。連打される心臓の鼓動が限界を迎えるまでの話。


「客が文句言いはじめる前に勝負決めねえ?」

「まさか、もうギブアップとか言わないよな?」


 突きをクロスした拳甲ですりあげつつ自分の間合いへ。前蹴りは胸部をかすめて顔面へ。首を曲げてすかされた。

 離れ際にチンと音がする。太ももに接触判定が出ている。切っ先が擦っただけなのでダメージ付与までいっていないレベルだ。


「類を見ないほどの息詰まる展開ぃー! あの巨大なボディで、どうやればこれほどの動きができるのかぁー! 想像もできません!」

 リングアナが吠える。

「それでいて平気で会話するだけでなくジョークまで挟む始末ぅー! この夢のような戦いはいつまで我々を楽しませてくれるのでしょうかぁー! 終わるのが惜しいと思うのは私だけではないはずでぇーす!」


(フレディの野郎、煽り立てやがって。伸ばせってのか? やるほうの身にもなってみやがれ)

 先ほどからフィットスキンのエアコンの唸る音がやまない。


 右半身に切り替えて勢いのままに拳を突き出す。下がった刃が腕を刎ねようと上がってくる。拳はフェイントですぐに引いた。

 踏み込んだ右足で強力な踏鳴。左の掌底が脇へ飛び込む。横合いからレギ・クロウの左手が伸びてきて軌道を逸らされる。右手一本の剣が真上でクルリとひるがえった。


「くそがっ!」


 右へ倒れ込みながら蹴り足を振りあげる。柄頭を蹴って退けるも、体勢が悪すぎて追撃を断念。軸足を蹴って間合いを外した。お互いに乱れていて仕切り直しだ。


「詰めきれないな。パワーでは勝っているはずなのに押し返されるのが腑に落ちない」

「抜かしやがれ。俺だって受けで芯通さないと押し負けるような相手は初めてなんだよ」


 お互いに相手の底を読みきれていない状態。それだけに崩しの一手が決まらないことには組み立ても適わない。初手のぶつけ合いだけの展開が続いている。


「どういう仕込まれ方すりゃそうなっちまうんだっての!」

「父上は厳しい人でね。こと、剣に懸けては妥協を許してくれなかったのさ」

「今すぐ行って説教してやりてえくれえだ。子供になにやらせてんだって」


 剣と拳の乱打が交錯する。舞い散る紫電が互いの一撃が噛み合っているのを証明しているが、傍目にはなにをやっているのかわからないレベルだろう。


「お陰でこんな楽しい時間が過ごせる。感謝してるさ」

「その感覚がおかしいんだって気づけよ」

「自分に跳ね返ってくる台詞だって君こそ気づきなよ。顔が笑ってるんだよ」

「こいつはただのサービスだ」


 生身で打ち合っている感覚になってきた。つい癖で裏拳で手首を掛けにいく。ガントレットが滑って外れてしまった。斬撃が胸で小さな音を立てる。ビームコートが白いガスを立てた。


「お前、コーティングマシンより丁寧にビームコートを剥ぐんじゃねえ!」

「君の拳だってどれだけ削ってるかわかってないわけじゃないよな?」


 薄皮一枚の勝負をミュッセルは心より楽しんでいた。

次回『激闘のリングで(2)』 「おーっと、誤爆だぁー!」

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