壁を超えて(2)
昼食を終えてヴァン・ブレイズの整備コンソールへと戻る。その気になれば外部からの干渉だけ防げるように調整されている特殊仕様である。
「パッケージ素材の改善、非金属系ってのは悪くねえ目星だろ?」
ミュッセルは現存する類似品を検索しつつ言う。
「プラチナ合金」
「うげ」
「性質的には申し分ないのですが、生成理論上大量入手が困難なので使用できません」
貴金属の名前を挙げられてビビった。
「脅すな。窒化ケイ素系ってとこじゃね?」
「かすりましたね。炭化ケイ素系合成素材です」
「そっちか」
安定性が高く、機械的電気的性質も悪くないのが特殊なケイ素系化合物である。その中でも硬度や耐摩耗性に優れて、広範に使用されている窒化ケイ素系かと思われたが違うらしい。
「両者とも耐熱性にも秀でており剛性も高いのですが、窒化ケイ素系が研究され尽くしているのに対し、炭化ケイ素系は下位互換扱いで用途が限られているようですね?」
それは彼の知識とも合致する。
「選択肢としちゃ後回しにされがちだな」
「実は特殊な合成法を用いれば炭化ケイ素のほうが合成範囲が広いのです。例えば、靭性を高める希土類と化合させるなど」
「なに?」
予想外の方向性だった。
「惑星重力下での生成は不可能ですけど」
「しゃーねえな。反重力端子生成機入れるか」
「大企業の宇宙プラントに頼ったほうが早いでしょう」
効率的な製造法が示される。どうやら本当にヘーゲルと共同開発したほうが話が簡単そうである。
「テストピースくらい手に入れて実験してえが外注出すともれちまうしな」
マッスルスリングの維持液との相性が気になる。
「実績がございますので問題ありませんでしょう」
「あんのかよ」
「耐腐食性も条件を満たしております」
十分なデータがあるらしい。
「製品としてのデータか……」
「低めなのは加工性ですね」
「そっちか」
金属材料が重用されるのは剛性と展延性のバランスがいいからだ。要するに加工しやすいのである。そうでなければ比較的比重の高い金属素材は避けたいところ。
「調べてみてえな。加工法だけ確立すりゃ、フレームや装甲素材としても活用できそうな気もすんだが」
夢が広がる。
「放熱性に劣るので装甲素材としてはお勧めできません。フレーム素材としては実績がございますが」
「実績ときたかよ」
「アームドスキンの原型となる『ヒュノス』はそう造られておりましたので」
ミュッセルの知らない話に及ぶ。
「実はすでに知られていながら実用化されなかった技術も多数ございます」
「知られていながらってぇと?」
「発掘機体には使われていた素材だという意味です」
発掘機体というからにはゴート宙区でアームドスキンが発展する元になったゼムナ文明の遺跡のことだろう。調べたくとも、かの宙区でも秘密にされている研究内容だった。
「σ・ルーンシステムとか反重力端子とかとは違うってか?」
最も有名な関連技術を挙げる。
「転用できなかった技術が三つ。一つはバイオチップコンピュータ。これは経年劣化で崩壊しておりましたので解析もなにもありません」
「そりゃ腐っちまうもんな」
「もう一つがこの炭化ケイ素系素材です。こちらは当時、純粋に生成技術が確立できなかったので放置されました」
分析できても再現できなかった技術だという。
「拡散していいのかよ?」
「かまいませんでしょう。独自にイオンソレノイドを生みだすに至った人類です。その壁を超えられたのならば、今さら出し惜しみする意味がございません。再現できなかった三つ目の技術がイオンソレノイドなのですから」
「なるほどな」
マシュリが「イオンソレノイド」と呼ぶのがイオンスリーブのことらしい。ヒュノスというアームドスキンの元となった機体には搭載されていて、経年劣化で原理解明もままならなかった駆動機。それをヒントもなく開発できたのなら、フレームや駆動機に使用していた軽量素材の技術などレベルの低い部類になると考えたようだ。
「イオンソレノイドどころか、もう一つの壁を超えてマッスルスリングの発想に到達したのですから」
流し見される。
「小っせえことだってか。ま、お前がそう言うんならそうなんだろうがよ」
「統制機構が安定基調ならば技術拡散の弊害は少ないのです。ゴート系人類にはまだ早かったでしょうが」
「考えてんだな」
技術が騒乱を生むのは予想に難くない。独占という手法を取れば容易に戦争にも至ってしまうだろう。
しかし、統制が効いた状況であれば技術独占もある程度制御できる。公平に分配されれば技術的不均衡は起こりにくく、それが戦争の種にはなりにくい。そんな考え方だ。
「忙しいじゃん。合宿中の俺は身体が幾つあっても足りねえかもしんねえな」
ヘーゲルの素材系技術者に渡りをつけてもらったほうがよさそうだ。
「その前に決勝がございますよ? 楽しみはあとに取っておきなさいな」
「ちぇ、面白えとこだったのによ」
「逃げも隠れもしないものを追いかけて目標を見失うのは愚行です」
きつい言い方をされる。
「わかってるって。きっちり方ぁ付けてから次に行くぜ。楽しみが残ってるほうが気合入るしよ」
ミュッセルはマシュリがくれたヒントを頭の中だけに仕舞った。
次回『逃げた女帝』 「お前は優しいな。私にだけじゃない」