壁を超えて(1)
「なんでバラしちゃうのよ。メジャーの準決勝、それも四天王戦なんてめっちゃ注目されてんだから」
「まあまあ、ビビ。そのうち分析されるような部分なんだし」
ミュッセルがσ・ルーンで開いている二枚の通信パネルにはビビアンとエナミの顔が映っている。グループ通話の最中だった。
「みみっちいこと言ってんじゃねえよ」
彼は反論する。
「簡単に真似できるようなもんかよ。お前がマジで血肉削って体得したようなテクだぜ? 見ました。真似しますは無理じゃん」
「ま、まあ、そうだけど」
「そうそう。グレイのお父さんに習った本格的な足運びに真剣に取り組んでるときなんて、ビビったらほんとに痩せちゃうくらい必死だったじゃない」
かなり入れ込んでいた。
「身体は絞れるけど筋肉ついて体重増えたとか言ってたし」
「それはここでは言わない約束でしょ!」
「ミュウみたいに本物の格闘家だったら言わなくたって見た目でわかると思うし」
実際、みるみる体型が変わっていた時期だった。周囲は年頃のことも相まって気づかなかったかもしれない。
「ウエストとかばっちり絞れてスタイル良くなったろ?」
半笑いで告げる。
「どこ見てんのよ、スケベ!」
「えー、訓練のあとのシャワー上がりにミラーモニタ見てニマニマしてたの誰? 私、うらやましくて同じ練習始めたでしょ?」
「そんなことがあったのかよ」
エナミが始めたのは仲間外れが嫌なだけだと思っていた。
「エキスパートのミュウとグレイがみっちりコーチしてくれたからできたの。これから真似する人が追いついてくるのはかなり先だと思う」
「そう……かな」
「奴らもプロチームだかんな。もしかしたら格闘系のコーチ雇って取り入れてくるかもしんねえな」
資金的余裕があるとこはなんでもやる。ただし、それだけで体得できるような技能でもない。
「でも安心してろ。σ・ルーンラーニングだけで年単位で掛かる。お前らのはマシュリにパラメータいじってもらえたから切り替え早かったんだ。そこ触れるエンジニアはそうそういねえじゃん」
過去データの取捨選択を行った。
「他が追いついてくる前に自分たちの大事なとこを磨け」
「大事なとこ?」
「ミュウが怖がってるのは一つひとつの技能じゃないの。私たちが優れているところは全部の技能を包括的に取り扱って戦術に転化しているところ。総合力っていうブレのない力なの」
エナミは正確に把握している。
「ツインブレイカーズみたいにパイロットスキル特化のピーキーな調整とは一味違う確固たるものなんだから」
「言ってくれんじゃねえか。挑戦状叩きつけてくんのか?」
「「もちろん」」
ここだけしっかりハモってくる。ある意味、ミュッセルが怖いのはそういう絆の部分なのだ。
「あ、忙しかった?」
彼の視線があちこちするので作業中なのに気づいた。
「大したことねえ。フローデア・メクスとの決勝に合わせて変えるとこはねえからな。駆動系の外観チェックしてただけだ」
「チームスタッフのエンジニアさんたちもちょっと神経質めにチェックしてた。パッケージの素材選択にはまだ改善の余地があるんじゃないかって」
「それなー。靭性高くて耐摩耗性もある新素材の開発してもいいのかって気がしてきた。そっちまで手ぇまわんなかったからよ。金属にこだわらなけりゃ道はなくもない気がすんぜ」
考えを整理しながら言う。
「また、そういう大事なことをポロポロもらして。あたしがスタッフにそのまま伝えたらどうすんのよ」
「そっちで大々的にやってくれんなら儲けもんだ。こっちにも寄越してくれ」
「恩返しだって本気出しちゃいそうで怖い」
エナミがころころと笑っている。
宇宙空間使用などの条件を考えれば耐圧等、他の要素も加わってくるので複雑になっていく。正直、個人でやるには限界を感じる。
「そうだな。そのうち打ち合わせさせろって言っといてくれ。とりあえずは決勝だ」
頼んでおく。
「はーい、伝えておきます。頑張ってね」
「絶対勝ちなさいよ」
「わかってる。仇討ちしてやっから」
悔しさがビビアンにそう言わせるのであって恨みなどではない。
「炎星杯すんだら来シーズンに向けて始動するからな」
「学校休みの間の合宿、予約ね」
「おう、グレイもそのつもりでいる」
フラワーダンスは心配なさそうだ。むしろ、今のゆったりした期間にチーム全体の調整を進めてきそうで怖い。消えるパネルを眺めながら内心そう思っている。
「降りてきなよ、ミュウ。チュニさんが昼休憩にしろって」
グレオヌスが無線音声で伝えてくる。
「わかった。すぐ降りる」
「明日は決勝なんだから、もう触らないほうがいいんじゃないかい?」
「今日はな。先々のこと考えてただけだって」
エレベータから見下ろすと、マシュリが訳知り顔で見上げてきている。先ほどの会話は聞かれていたと思っていい。無駄な説明がはぶけてかまわない。
「本気でお考えですか?」
「悪くねえだろ。素案があんのか? それとも、すでにあるってのか?」
「無いとは申しません」
「やってらんねえな」
苦笑いしながらマシュリを促しミュッセルはテーブルに向かった。
次回『壁を超えて(2)』 「実績がございますので問題ありませんでしょう」