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壁の向こう(2)

 ユナミ・ネストレル星間管理局本部局長が執務開始時間の五分前にブースに向かうと、すでに副局長のアレン・アイザックが待ち構えていた。「おはよう」と挨拶して微笑みかける。


「なにか急ぎの報告? 自室で受けたのに」

 生真面目な彼を労う。

「急ぎというわけでは。ただ、マグナトランの件ですので他の報告書面に紛れる前にお耳に、と」

「あら、ありがとう。聞きます」

「対象の反応は予想どおりです。情報部のエージェントは弾かれました。かなり警戒を強めている様子です」

 内容のわりに表情は悪くない。

「それで?」

「局長のおっしゃられたとおり二枚とも見事に。そして、本命は潜入に成功しております。見せ球に釣られてくれました」

「でしょうね。あれほど周到に隠蔽してるんですもの。でも、壁の向こうは覗かせてもらいます」


 ハイパーネットの監視で引っ掛からない時点で警戒レベルは想定できた。なので単純な潜入工作など通用しないと判断。二枚の囮を見せておいて本命を紛れ込ませる作戦を立てたのである。


「二人は良きところで退かせてくださいな。次手を打ってくるように見せかけます」

 本命が活動しやすい環境作りへと移行する。

「承知いたしました。探られたくもありませんですし」

「装備品は特にね」

「こちらの意図が丸わかりです」

 口元を押さえて笑う。

「搬入記録のほう、洗えた?」

「幾つかピックアップできたようです。中に一つ怪しげなものが」

「中身までは……、無理よね」


 通関記録を過去十年に渡って洗わせたのだが、メルケーシンほどのハブ惑星ともなると全てが監視できるわけもない。当然危険物スキャンなどは全数行われているのだが、物が有機物となるとその組成までも非破壊でチェックは困難だ。単なる食料品と銘打たれてしまえばすり抜け可能。


「まだ細菌兵器のような物のほうが始末に負えます。どうしても特殊パッケージングが不可欠になるのでAIでも判別できます」

 ここにきてアレンもため息を混じえる。

「当該貨物も当たり前に危険物とは判断されなかったのですが問題が」

「なにかしら?」

「発送者が追跡できなかったのです。ベスティア境界で途切れてしまっておりまして」


 事ここに至ってユナミも瞠目する。あまりに予想外の地域名が耳に入ってきたからだ。


「ベスティアですって?」

 思わず聞き返す。

「はい、ベスティア外縁部です。そこからの貨物がマグナトラン宛で搬入されておりました。五年前の記録です」

「別件という可能性は?」

「情報部が探るかぎり、他の貨物はある程度説明が利くようでして」

 彼女の口からもため息がもれてしまう。

「それでわざわざ足を運んでくれたのね」

「問題が大きすぎます。自分ひとりで進めるのは危険と判断したのでご裁可をいただきたく」

「わかりました。情報部の対策チームのへの指示権を与えます」


 自身で集中して取り組みたい案件ではあるが、そうも事情が許してくれない。他が片手落ちになってしまってはいけない。


「ベスティア外縁対策チームですか?」

 副局長も驚いたようだ。

「ええ、ご不満?」

「とんでもございません。優秀な人材が揃っているチームですので自分が命じるまでもなく動くものと思われます。局長がご指示なさるだけで十分かと思いまして」

「事実だとすれば重大事案です。調査進行のチェックを任せたいのだけれど重いかしら?」

 彼の度量を測るにも適切な事案だと考える。

「承りました。折りに触れ報告させていただきます」

「お願い」

「ところで……」


 声音が変わったので深刻な話ではないのだろう。ここで切り替えられるくらいになったのならば、アレンもかなり成長したと思えて安堵した。


「エナミお嬢様、残念でしたね?」

 彼の人間らしい部分も好ましい。

「そうねぇ。でも、自分のキャパシティというのを自覚できる良い機会になったのではないかと思っているわ」

「そうかもしれませんが、炎星杯はメジャーのシーズン最終トーナメントです。さぞやお悔しいことと存じますので」

「大丈夫でしょう。セティにかなり愚痴ったようですし」

 話は聞いている。

「お父上のセッタム内務部長にですか?」

「敗退したよりツインブレイカーズとの再戦を逃したことのほうが悔しいって言ってたそうよ。可愛らしいこと。まるでそれが最大の接点だと思ってるみたいに」

「なるほど。ですが、エナミお嬢様は十五歳になられて間もないのです。変に色気づくよりはご安心できるのではありませんか?」


 彼も同年代の子どもの親である。主観としてはそう感じてもおかしくない。むしろ、そう思いたいのかもしれない。


「でもね、想い人と戦うことでしか自己表現できないってどうなのかしら。将来が不安になってしまうわ」

 クロスファイトをスポーツと考えれば青春の1ページと思えなくもないが。

「よろしいのではありませんか。なにごとも経験です」

「ええ、そうね。子どもなんていつの間にか育ってしまうもの」

「はい、忙しくしていれば見過ごしてしまうくらいなのが残念でなりません」

「そう思うなら家庭も大事になさいな」


 立場上、お互いに無理なこととわかっていてもユナミは口にせざるを得なかった。

次回『壁を超えて(1)』 「みみっちいこと言ってんじゃねえよ」

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― 新着の感想 ―
更新有難う御座います。 壁のコッチと向こう側……越えられるかな?
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