四天王テンパリングスター(8)
(なにをした? いや、なんであんな簡単に)
レングレンは困惑する。
(偶然ではあり得ない。油断でもない。まるで、なるべくしてなったような)
レギ・ソウルがワイズのフィックノスに対してした動作は一つだけ。走る足先につま先を伸ばしたのみである。もちろん、そうすれば転倒するのは言うまでもない。
しかし、ただ並走するところを引っ掛けにきたのならワイズも回避する。そうではなく、グレオヌスが一歩引いた場面で詰めようとする一瞬の足捌きを狙われた。そこへ踏み込んでくるのを読んでいたかの如く。
「ひゃっひゃっひゃ! 見事に転びやがったぜ」
ミュッセルが愉快そうに笑う。
「き、君は……」
「ああん? こうだろうがよ」
「ひゃあ!」
今度はフェチネ機が転ぶ。それも、ヴァン・ブレイズに迫られて間合いを取ろうとしたところをだ。ワイズのときとは状況が違う。
「お前らな、足運びがなってねえんだよ。こう動くときはこっちへ踏みだす。全部ワンパターンだ。わかってりゃ簡単に転がせるじゃん」
当然と思える指摘をされる。
「そんなのは当然じゃないか」
「違えだろ? 相手がどう動いたらどう対処する。そのためには次にどこに踏みだすか決めとく。対処パターンも複数持ってるから次の一歩も読ませねえ。足運びには流れっつーもんがあんだよ」
「そこまで? そんなのは格闘技の考え……、まさか君は、君らはフラワーダンスメンバーにそこまで刷り込んだと?」
恐るべき想像が彼の頭を駆けめぐる。
「攻撃の一つひとつが細切れじゃあ使いもんになんねえ。流れを組んで、それに足運びを合わせる。できて一人前だ」
「そんな難しいことを短期間の訓練で?」
「いーや、あいつらは普段の生活から足運びを気にしてる。σ・ルーンに学習させるためにな。憶えたいっていうから教え込んだぜ」
ミュッセルやグレオヌスが格闘技を基本とした体捌きをしているのは選手なら誰もが知っている。しかし、フラワーダンスの少女たちまで実践しているとは思ってもみなかった。
「軍とかパイロット専業とか経験のねえ真っ更だからよ。憶えるのは早かった」
なんでもないことのように言う。
「だから君らは苦戦を?」
「おう。同じ体術の持ち主同士じゃ読み合いになる。そこにエナの戦術が加わると厄介なんてもんじゃねえ。最高に面白え試合だったぜ」
「あの試合はそんな高度なものだったのか」
誰一人として分析できていなかった。得意満面な説明までしたのが恥ずかしくなってくる。
「勘のいい奴だと試合中でも掴んでくるけどな」
ミュッセルの声には苦笑いの色が交じる。
「ステフなんかがいい例だ」
「ステファニー・ルニエか。彼女の最近の強さはその所為だったのか」
「ビビたちとガチンコだったろ? さぞ楽しい試合だったろうな」
女王杯・夢で見せたチーム『デオ・ガイステ』の強さには警戒感があった。その秘密を意外なところで知ることになる。
(これはいけない。このままでは彼らの思うツボじゃないか。接近戦はあきらめなければ)
どうすべきか思いを巡らせる。
(待て。グレイ君は頃合いだと言っていなかったか?)
「方針転換しようとか思ってんだろ?」
嫌な汗が背中を濡らす。
「無駄だぜ。もう、近づかねえと俺たちを抑え込めねえと刷り込まれちまってる。しかも、接近戦の怖さは克服したとも、な。んじゃ、次まで別の手考えとけ」
「ミュウ!」
「終わってんだって」
思わず流れを無視してヴァン・ブレイズに攻撃を仕掛けてしまう。が、やはり相手の動きに合わせて踏んだステップは赤いつま先の餌食でしかなかった。
「くぅあ!」
「レン!」
足掻くも転倒する。
「頑張れよ。駆動機性能と合わせた訓練して学習したプロトコルなら誰でも走れんだ。もう一つ上の走りを見せてくんねえと勝負になんねえぞ」
「苦しいか!」
「残念ながらあなた一人では難しいでしょう」
ザド機と一対一になったレギ・ソウルが詰め寄って斬撃を振るう。苦し紛れの連射は彼の寿命を縮めただけ。すぐさま撃墜判定を奪われる。
シュバルもミュッセルには敵わずあえなく撃沈。一瞬にしてフリーになったところへワイズが飛び込んでしまい落とされる。
「一気に崩れたぁー! テンパリングスター、三機までもが連続ノックダウーン! これは取り戻せるかぁー!?」
リングアナの実況にも佳境の空気。
「せめて一機だけでも!」
「まだ同じ数じゃないのー!」
レトレウス二機でヴァン・ブレイズに猛攻を仕掛ける。しかし、冷静さを欠いたうえに流れを持っていかれている。
フェチネ機が踏み込んだ足は軽く払われてバランスを崩す。重心がズレた先には凶悪な掌底が待ち構えていた。
「烈波」
真横に跳ね飛んだ彼女のレトレウスはもう動かない。いかにブレストプレートタイプに改装されていても脇腹に喰らっては持たなかった。
「はぁああー!」
気合一閃放った斬撃もヴァン・ブレイズにかすりもしない。そして、後ろにはレギ・ソウルが控えていた。すでにバックモーションを終えている。ブレードが機体を舐めていくのを眺めているしかできなかった。
「全機ノックダウぅーン! 勝者、チーム『ツインブレイカーズ』! 四天王の三枚目まで抜いてしまったぁー! 驚きの決勝進出です!」
レングレンはモニタに浮かぶ敗北の文字に下唇を噛んだ。
次回『壁の向こう(1)』 「解明できていない部分が多いのは事実だな」