四天王テンパリングスター(5)
ほぼ反射的な行動だった。レングレン自身ももう一回同じことを意識してやれと言われてもできないかもしれない。ブレードは半身になったレトレウスの胸先わずか数cmの位置を通過して、結晶化しているビームコートを溶解させて白いガスと化していた。
(い、今のは……?)
見れば地面を穿ったレギ・ソウルの長大なブレードは、柄頭を握る三本の指のみで支えられている。グレオヌスは柄の長さいっぱいを用いて間合いを伸ばしていた。
「これを避けましたか」
「迂闊だぞ、グレイ君。それは悪手だ!」
そんな状態で次撃を放てるわけがない。引き戻して握り直すというツーアクションが不可欠である。そして、そんな余裕を与えるつもりもない。
「君が落ちる番だよ」
「そう思います?」
ブレードが巻きあげた土埃の向こうにまだ機影がある。レングレンは一閃するだけでいい。しかし、その機影に違和感を覚えた。
(立て直す気がない?)
姿勢が低い。しゃがんで躱すには早すぎる。次の斬撃に繋げるアクションではない。
「くぅ!」
一瞬の逡巡が命拾いに繋がる。土埃を割って飛んできたのは足刀だった。地面を踵で蹴って機体を逃がすのが精一杯。それでも蹴りが腹部を削った。
「浅いですね」
「させないぞ」
無理な回避だけあって彼のレトレウスは後ろ向きに転倒。代わりにシュバルが目いっぱいの連射でフォローしてくれる。グリップを引き戻しつつ握り直したレギ・ソウルがブレードガードと腕のスキンで受け止めた。
「さすがに足を止めてだと重いな。ミュウ、一度退こう」
「ちっ、攻め切れなかったか。面白くねえな」
後退するツインブレイカーズ。そのまま障害物の中へと入り込むが今度は状況が違う。コマンダーの操る索敵ドローンが確実に一機ずつを光学ロックオンしていた。
「しのいだ。これで……」
ようやく安堵する。
「掴んでる。あとはいかに勝負に持ち込むかだ」
「ナイス、コマンダー。さあ、反転攻勢の時間じゃない?」
「ああ、そのとおりだ、フェチネ」
この仕切り直しが新たな局面の始まりである。彼らテンパリングスターは無傷の状態でスティープルの中にいる二機の位置を把握したまま、いつでも体制を整えて攻撃することができるのだ。
(さて、ここからが本当の勝負だよ、ミュウ君、グレイ君)
損害が皆無なのは非常に大きい。そして、二人を攻略するポイントも把握している。パイロット、特に砲撃手の意識転換を強いる技能で、かなり習得困難であったが彼らは会得した。
「さあ、始めよう」
「最もニュートラルな編成のテンパリングスターだからこそ効果的な戦術。とくと味わわせてやろうじゃないか」
ガンナーのリーダーともいえるゼドが気を吐く。彼も長い選手経験の中で試合の流れを御する術を持っている。今が要なのだと自覚があるのだ。
「序盤はツインブレイカーズ優勢に見えます! 仕切り直しからのテンパリングスターの反撃はあるのかぁー!? 一時たりとも見逃せないー!」
試合の合間にリングアナが煽りを入れている。
(反撃? そんなものじゃない。ここからは手順を踏んでいくんだよ。それが作戦展開というもの)
コマンダーからの合図で五機も一斉に障害物の中へ。今日の試合では分散しないのを基本原則としている。数的優勢を確実にするために、常にツインブレイカーズの二人には全員で直面する。ただし、砲撃手の負担は大きい。
「やはり二手に分かれる様子はない」
コマンダーが告げてくる。
「こちらの策も読まれていると思っていい。おそらく我らがいつものように分散しないと考えての迎撃体制だろう」
「そうだな、レン。野放図に見えて、まったく抜け目ない相手だ。始末に悪いが、だからっていつまでも好き勝手させはしない。彼らが最大の欠点を放置しているかぎりは攻略ポイントはある」
「ああ、彼らが二人でいるかぎりはね」
ツインブレイカーズの最大の欠点、それは誰もが知っている。たった二機でしかないということ。わかってはいても攻略しきれていなかったというのが実情。
それぞれが恐るべき強力な機体とパイロットであり、トリッキーでかつ意外と連携上手である。それがツインブレイカーズを不落の存在としていた。
(ならば受け止めきれないほどの飽和状態を作ればいい。それは、彼らを最も知っているフラワーダンスが証明してくれた)
ツインブレイカーズに土を付けたチームが。
(同等の機体性能、同等のパイロットスキルを示せるのならば倍以上の数で常に圧力を掛けつづければ飽和する。理屈的には簡単。やるのは大変だったけどな)
それが困難だったのは、これまで機体性能に開きがあったのとパイロットスキルが伴っていなかった所為である。両方ともを克服した今であれば勝利への道筋は見えているも同然。
「では、スティープルフォーメーションに移行。先方はワイズ、君に任せる」
指示を送る。
「やっと、あの焦れったい訓練の結果を見せられるんだな。まあ、それで奴らに煮え湯を飲ませられるんなら安いもんだ」
「なかなかに苦渋を強いられてきたからな。いよいよ結実だ」
「シュバルは俺と殿だ。攻めていけよ」
ゼドも発破を掛ける。
「ええ、もちろん」
「レン、いよいよね」
「勝ちに行くぞ、フェチネ」
苦心したのは皆が同じだとレングレンも頷いた。
次回『四天王テンパリングスター(6)』 「ふふん、嫌がってる嫌がってる」