グレイvsミュウ(3)
開始と同時に駆け寄って衝突する両者。レギ・クロウが寸分の狂いなく落とした斬撃をヴァリアントは右腕のブレードスキンで擦り落とす。裏拳に変化した拳はかがんだ頭の上を通過。
回転力のままにヴァリアントがまわし蹴りを繰り出す。レギ・クロウは柄尻で叩き落し、薙ぎに変化しようとする。しかし、さらに低く入ったミュッセルが肘打ちを放っていた。それに肘を合わせたグレオヌス。
「速っ!」
「え? え? え?」
両者は互いの力でほぼ水平に吹き飛んでいる。つま先で地を捕まえ、どうにか機体を止めた。
「今のなに? 見えた?」
「ギリギリ。説明するの難しい」
エナミの疑問にビビアンは正確に答えられない。
「一瞬で五発の攻防があったわ」
「嘘。がガガンって聞こえただけなのに?」
「んー、どれも本命じゃなかったみたいだけど」
崩しに掛かる序段の一撃を放ち防ぎの掛け合いが行われたのだ。どれが当たったからといって勝負が決したとは思えないが、一つ対処を間違えば流れは完全に傾いていただろうと思えた。
「間合い取った。スロー入るから」
投影パネルの一つが今の攻防をスロー再生している。ビビアンでもそれを見れば、かろうじて二人がなにを意図した攻撃だったか理解できるくらいだ。
「えっと、これって打ち合わせ……」
「あるわけないにー。二人ともアドリブにゃん」
ユーリィが説明している。
最後の肘同士の衝突にいたっては火花が散っていた。反重力端子で重量軽減しているとはいえ、アームドスキンが吹き飛ぶほどの衝撃である。
「こ、これはとんでもない攻防です」
アリーナもどよめく。
「どれだけの人が今の展開を理解できるでしょうか? 私でも最初は三発までしか見えませんでした」
リングアナも声を震わせている。解説のために最適な映像を大型パネルで見ているはずの彼をして唸らせるほどだ。
「これ無理だわ。それ使って」
「このパノラマモニタっていうのを?」
フラワーダンスの面々はσ・ルーンがあるので、そのモニタ機能を用いることが可能。視界にアリーナ内配信のパノラマサイズのドローン映像を投影させられる。
しかしσ・ルーンを持っていないエナミには貸出しのパノラマモニタを渡していた。頭に装着すれば顔の前にパノラマ映像を映せる。
「みんなもそうしてるのね」
「大型パネルは俯瞰で見るのにはいいけど細かい動きが見えないのよ」
着けさせてスイッチを入れる。
「思考スイッチ対応してるから、慣れれば指で操作しなくても映像切り替えできるわ」
「映った。わー、見やすい。これ、高いのかな?」
「自分専用買うの? まあ、持ってる人も少なくないけど」
クロスファイトガチ勢の人は自身で購入して持ち込んでいる。ネット配信でも使えて便利なのは事実だが、3D化はされてないので他の映画とかの視聴には使えない。専用の高い買い物になる。
「骨伝導スピーカも付いてる。便利ー」
「まあね」
プチσ・ルーンみたいなものだ。
「鋭すぎじゃね? サービス無しかよ」
「悪いけど、気遣いしてる余裕ない」
「だな」
二人の会話も配信されている。アリーナのスピーカとの遅延も計算されていて、おかしな反響もしないよう配慮されて聞きやすいものだ。
「仕切り直すか」
「ああ、そうしよう」
ヴァリアントが前傾姿勢になる。レギ・クロウも足幅を広く取り、ブレードも若干斜めにかしいだ。突きと斬撃のどちらにも変化できるポジションである。
「こいつら、加減無しのガッチガチでやる気?」
「たぶん最初からそうだと思うわよ」
「呆れる」
フラワーダンスメンバーも視聴方法を切り替えている。
まるで倒れ込むのではないかという低さでミュッセルが入る。グレオヌスはブレードを水平にまで落とした。すり足の右が滑り出るとヴァリアントの鼻面に横薙ぎが走る。切っ先が擦らんばかりの位置で赤い機体がスピンした。
気づけば手首の位置に踵が跳ねている。ミュッセルは手を突いて後ろ足を飛ばしていた。引いた柄が蹴られて上に跳ねる。ヴァリアントが懐に飛び込んだ。
「ミュウの距離!」
「決まった?」
スピンは止まらず回転そのままに掌底が伸びる。トルクの掛かった一撃が胸に吸い込まれる。ところが衝撃したのは立てた膝だった。
回転の止まったヴァリアント。そこへ片手抜きのブレードが降りてくる。早い変化に回避する暇もない。ミュッセルはもう片方の掌底も重ねて機体を後ろに飛ばした。
「あれ、躱す?」
「二人ともイカれてる」
ヴァリアントは両足を滑らせながら制動。レギ・クロウも今の一撃で深く刺さった右足を地面から引き抜いた。
「ちっ、一手目から誘いだったのかよ」
「引き込みが足りなかったな。あと30cmが我慢できなかったよ」
「薄皮一枚持っていきやがって」
見れば、ヴァリアントの右肩で白いガスが踊っている。ブレードがかすめたのだろう。接触していないからダメージ判定されていないだけだった。
「この二人、頭おかしいわ」
「わたし、全然目が追いつけないー」
(コクピットにいればどうにか見えるくらいだもんね。見えるのと避けられるのはちょっと違うけど)
エナミの泣き言も仕方ないとビビアンは苦笑いした。
次回『激闘のリングで(1)』 「その感覚がおかしいんだって気づけよ」




