花、散る(2)
話していると、相次いで眠っていたメンバーが目を覚ましていく。起きるなり枕元のクーラーケースを漁り、夢中で次々とゼリーパックを飲み干していった。
「お前ら、栄養補給のチューブ繋がってんだから過剰摂取になんぞ?」
「こんなので腹は膨れないわよ」
ミュッセルが指摘すると腕に繋がれた微細針圧入式点滴チューブを示す。昏睡中の患者が脱水症状にならないよう、栄養補給も兼ねた栄養剤が静脈に直接流し込まれていた。
「ところで、あんた、なんでいるの?」
「あのな……」
同じ説明をくり返す羽目になる。自分が患者用の薄物しか羽織っていないのに気づいて、慌てて偏光パーテーションを引き寄せ不透過にして着替えている間のこと。
「力尽きちゃったわ」
「不覚」
ビビアンだけでなくウルジーも消沈した。
「それより、なんなのよ、あのステファニー・ルニエは!」
「別人だったな」
「ああ、見違えた」
待機スペースで試合を見ていたグレオヌスも首肯する。
「別人じゃ済まないレベルでしょ。いくらヨゼルカが改修されてるっても、そんなんで説明できないじゃない」
「あれがあいつの全力って話だろ?」
「今までは練習不足で不本意な試合をしていたんだろうさ」
チーム『デオ・ガイステ』のリーダー、ステファニー・ルニエとの激闘は今もクロスファイト界隈のファンを湧かせている。それくらい死闘と呼んで差し支えない試合だった。
最後に残ったビビアンがかろうじて彼女を撃墜判定に持ち込めただけ。どちらが落ちてもおかしくない状況で。
「全然全力でない状態で四年もクイーンの座を守っていたわけ?」
ビビアンたちには驚愕の事実だろう。
「ま、周りも守り立ててたしな」
「ミスはあれど、根底にはしっかりとしたパイロットスキルがある。それをメンバーはわかってたし、ミュウも対戦して感じたか。だから、あんな手出しをしたんだろう?」
「まあな」
もったいないと思ったのだ。
「あんたが余計なことするから、とんでもない選手が目覚めちゃったじゃない!」
「文句言うな。そりゃ、お前らだって似たようなもんだろ」
「それ言われると反論できない」
サリエリが肯定すると、ビビアンもそれ以上追及できない。
ステファニーが星間管理局興行部に移籍してしばらく、選手以外の仕事量は少し減っているだろう。同部内のことなので効率の良いスケジューリングがなされ、彼女の練習時間は数倍どころではないそうだ。ミュッセルは本人からそう聞いていた。
「うう、今後もあれに勝たないと女王杯落とす羽目になるの」
クイーンの座を守るには不可欠になる。
「半強制参加だもんな。メジャーのほうはあきらめろ」
「同時進行はきついだろう。どっちか選ぶしかない。そこはチーム運営だからヘーゲルと相談だな」
「チームとしては女王杯を優先していただきたいですわ」
ラヴィアーナは宣伝効果が大きく、タイトルとしても誇りやすい女王杯を勧める。
「いつも勝てるとはかぎらないと思いますけど」
「それは致し方ありませんわ。勝負の世界ですもの。当然のリスクです」
「……はい、頑張ります」
女王杯決勝があまりに熾烈だったのでチームはすでに疲労困憊の状態だった。四天王『フローデア・メクス』との試合を勝ち抜けるわけもない。今回はたまたま運が悪かったではチーム運営は成り立たないので選択するしかあるまい。
「限度あっからな? 脱落したからって裏の紅華杯にエントリしようとすんじゃねえぞ?」
「それもあった」
「いや、休みなよ」
グレオヌスも止める。
オーバーノービストーナメントの炎星杯とさらに同時進行で、アンダークラスの華と呼ばれるアンダーエーストーナメント『紅華杯』も行われる。四華杯の一つでこちらもメジャートーナメント。賞金も若干落ちる程度。なので炎星杯をあきらめて紅華杯を狙うチームもある。
「冗談冗談」
ビビアンは手をひらひらさせて否定する。
「みんなをこんな状態にさせちゃって、まだ欲張る気なんてない」
「勘弁して」
「わかってるって、ミン。次のシーズンに向けてスタミナを付けないといけないってわかったから」
「うん。何度もダウンしてらんない」
真剣に考えている。
「たぶん来シーズンはランクアップ審議でリミテッドになる。そうなったら狙われる立場になるわ。フラワーダンスの撃破に集中してくるチームも出てくると思う」
「ビビの予想は正しい」
「でしょ、サリ? だったらメジャーでも途中で力尽きないスタミナが必須」
自分たちに今最も必要なものがわかっているとミュッセルは感じた。黙って頷く。
「空いた時間はスタミナ訓練に費やすつもり。みんな、それでいい?」
メンバーは賛意を示す。
「それで正解だ。スタミナで勝負できんのはあと十年程度。そこからは落ちてくばっかりだ。貯金するなら今だぜ」
「あんたでもそう思うわけ?」
「おう。体力勝負できてるうちに腕を磨く。スタミナが落ちてきた頃には省エネでテクニック勝負ができるようになってる寸法だ。お前らがこれからどんな進路を目指すつもりか知らねえが損はしねえ」
自身にも当てはまること。
「確かにね」
「ミュウでも計算するんだ?」
「うっせ。お前が一番不安なんだぞ、ミン?」
レイミンは舌を出している。
ミュッセルは意思を確かめ合っているフラワーダンスを安心して見つめていた。
次回『雪辱を期す』 「機体性能はそう劣らない。ならば勝敗に影響するとしたらなんだ?」