花、散る(1)
「あーっと、どうにか耐えていたサリエリ選手が二機に攻められる!」
リングアナが吠える。
青ストライプのホライズンがビームランチャーのグリップでブレードを振りおろす敵機の利き腕手首を叩き止める。逆から来たもう一機のアームドスキンに砲口を向け、どうにか頭部に直撃を加えるもその光刃は容赦なく白いボディを舐めていった。
「残るはウルジー選手のみ! しかし、フローデア・メクスはまだ四機が健在ー! 絶体絶命だー!」
フラワーダンスの苦境を伝える。
「いつものスクール生女子の動きではないー! やはり昨夜の女王杯・夢決勝、デオ・ガイステとの四十三分に及ぶ世紀の激闘が影響かぁー! クイーンの座を死守したものの疲労が残っている模様! ああっ、ここでウルジー選手に女帝のブレードが容赦なく襲い掛かるぅー!」
ビームをぎりぎり避けながらスティックで腕を叩いて攻撃を逸らす。しかし、フローデア・メクスのアームドスキン『レイ・ソラニア』は引くこともなく轟然と連撃を重ねてきた。
再度手首を突き掌底撃に繋げようとしたが、伸びてきた左手に肩を掴まれる。強引に引き寄せられ、一閃したブレードが両手首を刎ねる軌道を描いた。取り落としたスティックが虚しい音を響かせる中、最後の一撃が胸を貫く。
「ノックダウーン! フラワーダンス全滅でチーム『フローデア・メクス』が炎星杯準決勝進出決定ー! クイーン敗れるぅー!」
フレディの宣告は悲痛な色も残している。
必死でコマンダー卓に齧りついていたエナミがここでふらつく。そのまま膝が力なく折れ、後ろに倒れそうになったところをジアーノは抱きとめた。抱え上げようとはするものの、少女の軽い身体さえ持ち堪えられずガードの一人に託す。
「すみません。完全にオーバーワーク、私のスケジュール管理が甘かったのです」
そう言うラヴィアーナも目の下にクマがある。
「主任だけじゃないですよ。ぼくももう限界です。申し訳ない。エナ君を運んであげてくれ。丁重にね」
「引き揚げます。副主任、コマンダー卓の初期化をお願いできますか?」
「わかりました」
どうにか最低限の処置を終えてスタッフルームをあとにする。彼もそのあとの記憶が曖昧なところがある。ホライズンから崩れるように降りてきたフラワーダンスメンバーをリフトトレーラーのドライバールームに押し込み、ヘーゲル社への帰還を指示したところまでしか憶えていない。
ジアーノはホライズン開発時に時折り味わった、泥のような眠りへと落ちていった。
◇ ◇ ◇
目覚めると日付が変わっていた。エナミはその事実に愕然とする。どうやってベッドに入ったのか全く記憶にない。それどころか、全然知らない真っ白のベッドの上だった。
(あれ、私?)
最後の景色はスタッフルームの中だったはず。
残りわずかな精神力を振り絞って集中し、敗北が決するまでナビゲーションしていた記憶はある。沸騰しそうなほど熱くなった脳はそこで機能停止していた。
(いけない。無断外泊しちゃった?)
備品にヘーゲルの社名を見つけて、そこがメディカルルームだと知る。
困っていると、彼女の目覚めをモニタしていた女性スタッフがチームでやってきて甲斐甲斐しく世話をしてくれる。いつの間にか着替えさせられていたが、少しは体裁が整えられる物にもう一度着替え、やってきたラヴィアーナやジアーノに昨日の経緯を聞いた。
「そのまま気を失ってしまったんですね」
昨夜も女性スタッフのお世話になったらしい。
「いやあ、コマンダーまでバイタルロストさせられるとは完敗だったね。ぼくも危ういところだった。とても家まで耐えられなかったから社に泊まったよ」
「皆そうです。本当にあり得ないほど激しい二日間でした。私もメンバー全員のご家族に連絡するのがやっとでしたので」
「すみません。ご連絡、ありがとうございます」
家族はもちろん、公務官学校へも連絡してもらっていた。今日はお休みとなっている。夕方には家族が迎えに来るらしい。
サリエリとレイミンの後衛組は一度目を覚まし、事情を聞いてからもう一度眠ったという。動きの激しい前衛組は昼になった今もまだ目覚めない。
「どうぞ」
ラヴィアーナがチャイムに応じる。
「おう、元気か?」
「大丈夫みたいだな」
「ミュウ? グレイも」
赤い髪と三角耳が覗く。
「教師に断って昼から抜けてきた。消化授業だったしな」
「そうなの? ありがとう」
「あとは進級するだけだから無理せず休めってよ」
学校も配慮してくれるようだ。元よりテスト前だったりすれば炎星杯か女王杯のどちらかは棄権するしかなかっただろう。学年末だったから無理もした。
「そうもいかないかな。すっごく寝ちゃったから明日からちゃんと学校行く」
本分は全うせねばならない。
「エナは真面目だよね。だからって倒れるまで頑張らないほうがいい。バックアップが崩れるとチームはそこで機能しなくなるからさ」
「そうよね、グレイ。実戦だったらみんなを死なせちゃう。もっと体力つけなきゃ」
「だな。休みに入ったら俺たちと走る……」
「それは無理!」
食い気味にツッコんだ。
「ツインブレイカーズはまだ試合残ってるじゃない。炎星杯決勝は年度末休暇の真っ最中だもの」
「残ってんのは準決勝と決勝だから毎週末だけだ。そんなにハードじゃねえ」
「順当なら両方とも四天王戦。どこがハードじゃないの?」
次はテンパリングスターと対戦するのが決まっている二人にエナミは苦笑いした。
次回『花、散る(2)』 「別人じゃ済まないレベルでしょ」