四天王ゾニカル・カスタム(4)
シラオファの見ている戦術投影パネルにはヴァン・ブレイズが二機存在していた。スニルが追尾している一機と、セーウェン機のガンカメラが認識してオートで表示させた一機だ。リングのほぼ反対側の位置にある。
(馬鹿な。分身したとでも?)
そんなわけがない。
「ちょっと、なに? あたし、もう仕掛けてんですけど!」
ビストミアが慌てている。
「パシャ、ミーアの援護! セーウェンの救援は俺が行う」
「わわわ、りょー!」
「落ち着け! 目に見えているものは本物だ!」
(レギ・ソウルに単独で仕掛けるのは論外だ。しかし、セーウェンを孤立させれば落とされる。ここはそっちに)
ダッシュを掛ける。
ところが、その挙動を見てヴァン・ブレイズが後退する。ほんの一瞬の間に視界から消えていった。コマンダーもドローンを動かす隙もない。
「まさか、本当に幻影だとでも?」
「出来の悪い冗談だ。セーウェンはやられてる。無事だな?」
「ああ、なんとか」
コマンダーに応じている。
(どうする? スニルの見ているのが幻影なのか? どうすればそんなことが可能だ?)
咄嗟に身動きできない。
「ヤバいヤバいヤバい!」
「く!」
攻め立てられるビストミアを救援せねばならない。セーウェンを置いていくわけにもいかず、手で合図して追随させた。
「すまない」
「放置プレイやめてよ! 落ちるかと思った!」
どうにか僚機の救援に入るが、そのときにはレギ・ソウルは包囲の輪を抜けている。リングエッジ沿いに後退しつつ受け止められた。
「いつから貴様のチームメイトは幻影使いになった?」
「ミュウですか? 彼なら目にも留まらぬ速さで動くのも得意としていますけど」
「冗談を言っているのではない」
三機が集中しているのに攻撃に勢いはない。最前の奇襲で完全にモチベーションを削がれている。どこから現れるかもしれない真紅のアームドスキンに怯えながらでは意気が揚がるわけもない。
「き、来たぁー!」
「パシャ!」
今度は彼女が奇襲を受けている。シラオファは泡を食って取って返す。レギ・ソウルの相手は二人に任せるしかあるまい。
「堪えろ、パシャ! すぐだ!」
「早くぅー」
戦術パネルのパシャ機の位置に急行する。ところがいくら走っても彼女のジーゴソアの姿が見えない。パネルではすでに有視界内のはずなのにだ。
「パネルに誤差が出ているぞ、コマンダー」
「そんな馬鹿なことは」
「センサーに反応なしだと? システム!」
『探知範囲内に敵味方双方のアームドスキンを確認できません』
(俺は幻惑の魔法でも掛けられているのか? なにがどうしてこんなことに?)
意識は混沌に飲まれる。
「ラオ!」
ブレードを向けようとしてぎりぎり止まった。
「スニル!」
「なにがどうなってるんです?」
「なにって、お前。追尾していたヴァン・ブレイズはどうした?」
遭遇したのは後衛の一人である。
「追尾? なんのことです? 僕はヴァン・ブレイズを察知できないままでチーム回線にジャミングを受けたんで戻ってきたんです。どこにいるのかわからなくて探しました」
「チーム回線にジャミング? そんなものは受けていない。今、通じているではないか?」
「あれ、これレーザー回線じゃないんですね」
改めて確認している。
混乱は伝播して全体の制御が効かない。チーム発足以来こんなことは初めてである。
「リーダー、ヴァン・ブレイズの攻撃を受けています! 救援を!」
そのとき、眼の前にいるスニルの声で救援要請が入った。
「お前、じゃ、あの報告は? 追尾というのは?」
「だから、そんな報告は……」
「謀ったな、ツインブレイカーズ!」
ようやく気づいた。電子戦で物理・情報両面で分断が成功していると見せかけ、実は向こうからも電子戦を仕掛けられていたのだ。
「システムに再起動を掛けろ。ハッキングされているぞ」
メンバーに命じる。
「まさか。システム! いや無理か。手動でリセットします」
「急げ」
「ラオ、早く! 落ちちゃう!」
別の救援要請も入ってくる。
「く、これは本当なのか? どこにいるのかさえも!」
「あー!」
「ジーゴソア4番機がバイタルロストぉー! 初の撃墜判定はゾニカル・カスタム、パシャ選手だぁー!」
「本当のほうか!」
手遅れだった。
地味に手足をもがれていくかのような感覚に脂汗が出てくる。欺瞞情報に踊らされて現状把握もできない。
「ラオ、どうするの? セーウェンと二人だけじゃレギ・ソウルを落とせそうにないんだけど?」
それほど余裕はなさそうなビストミアの声音。
「お前は本当にミーアなのか?」
「なに言ってんの、あなたらしくもない。早く判断して。このまま攻撃? それとも合流?」
「そのまま攻撃を続けよ。こちらはヴァン・ブレイズを追う」
彼の声で命令が飛ぶ。
「待て! 今のは俺じゃない! 敵の電子戦攻撃だ!」
「どれが? なにが本当なの?」
「さーて、どれだと思う? 見極めてみろよ」
障害物の奥から真紅の機体が歩み寄ってくる。今は怖れよりも不気味さが際立っているように見えてしまう。
「貴様、よくも」
「なに抜かしてやがんだ。てめぇのほうから電子戦仕掛けてきやがったんだろうが? 俺が同じことやり返して文句言ってんじゃねえぞ?」
赤い指で差されては、シラオファに返す言葉はなかった。
次回『四天王ゾニカル・カスタム(5)』 「てめぇの澄まし顔を実力で剥ぎ取ってやるほうが楽しいじゃん」