学年末の教室(3)
「なんだ? 俺がもらすとでも思ったのかよ」
「そんなことないけど」
「お前の目にはそんなおっちょこちょいに映ってんか?」
エナミの上目遣いにミュッセルはニヤリと応じる。
彼女もマシュリの正体を知っている。様々な事柄が絡み合って、祖母のユナミや父のセッタムと内密な面談で明かされた。
エナミにしてみれば、諸々の引っ掛かりが全て解消する事実だった。特に本部局長という要職に就く祖母が彼に向ける配慮は当然と思える。
(『ゼムナ案件』とかそうそう触れる機会なんてないと思ってたけど)
実はその渦中にいた。
面談以降はミュッセルの発言や動向を密にユナミに報告している。まるで情報部エージェントのような任務になるが、実際に本職の人間が付くわけにはいかない。それくらいデリケートな案件だ。
(マシュリさんだって私の動きくらいは勘弁してくれるだろうし)
情報部が監視対象にすればすぐに察知される。無意味に警戒させてしまう可能性が高い。その意図もあってエナミが当てられた。
「無闇に自慢したりしないのもわかってるから」
言い添える。
「そうじゃなくて、ミュウが人間以上の存在についてどう考えてるか気になったの。眼中にないと思ってる? マシュリさんも?」
「あー、たまに冗談で言うからな、あいつが俺を珍獣かなにかみてえに思ってるって。本気じゃねえって。たぶんマシュリも俺を必要としてるはずだぜ」
「よね?」
安心する。
「でも、世界の外側を覗く一因になったのは本当だ。あいつに会う前は想像もしなかったからな、ゴート技術の裏側にとんでもねえ秘密があるなんてよ」
「人を超越した存在ね」
「ゼムナの遺志の目に留まらなきゃ、俺はまだソロの真ん中あたりでもがいてただろうぜ」
ミュッセルの戦闘技術が劣っているわけではない。ただ、彼に見合うアームドスキンを提供できるメーカーなどどこにもなかったと思う。それこそマシュリ以外には。
「ボーナが言ってたみてえに取るに足らねえとは思ってねえと思うぜ、マシュリもよ。むしろ、超越した技術を持ってるからこそ距離感を大事にしてる。そんな感じじゃね?」
彼の肌感覚は正しいと感じる。
「たぶん正解。如何に不自然なく干渉できるか……、ううん、これは違う。自然に導けるか。こっちかな? そんなふうに考えてると思う」
「あなたもユナミ・ネストレルの血統というべきでしょうか。末恐ろしいですね、エナ?」
「ちっ、覗いてたのかよ、マシュリ。いやらしいことすんなよ」
通信に割り込んできた彼女にミュッセルが苦言を呈する。
「常に見張っているのではありません。わたくしの名前が出たので前後の会話を聞かせてもらっただけです」
「ま、誰でも好奇の的にされんのは嫌だよな。ってーよりは、危険視されるのが問題か」
「ええ、今の状態で星間管理局の攻撃を受けるようではあなたを巻き込んでしまいますので」
その発言の意味がエナミにはわからなかった。もし、祖母を始めとした陣営がゼムナの遺志たる彼女に過剰な干渉を試みれば、それこそ距離を取るだけではなかろうか。無理にミュッセルを巻き込む必要はないように思える。
「心配すんなって。お前を引き止めたのは俺だ。相棒と認めたのもな。だったら俺は命懸けでもお前を守る。例え星間管理局を向こうにまわした無謀な喧嘩でも、だ」
想い人は明言してしまう。
「それは今、口にすべきではありませんよ?」
「ああん?」
「ズルい。うらやましい。浮気?」
彼氏を追求する。
「そういう話じゃねえだろうが。ユナミ局長が馬鹿すんなら抵抗するってだけじゃん。お前はそれを諌める立場にあんだぞ、エナ」
「わかってまーす。ただの嫉妬でーす」
「だから!」
上手く誤魔化された気もするがそれ以上追求しない。世の中には知らないでいられるほうが幸せな事実など五万とあると思い知らされたのは最近のこと。
(この人を繋ぎ止めるのが役割なら喜んでする。私の希望でもあるんだもの)
その思いに嘘偽りはない。
「もし、高次存在のことを懸念されているのでしたら杞憂でしょう。取るに足らないとまでは申しませんが気に掛けるまでもないと考えているはずです」
執り成すように言われるが、あまりにも気になる言動だった。
「どういうことです? まるで高次存在を知っているみたいですけど」
「一部のみです。あまり知られていない事実ですが、我らの創造主たる方々が高次に昇華されたのが観測されております」
「ほんと? あー、また知りたくないこと教えられちゃった」
マシュリに内密にと釘を差される。
「見守ってくださっております。ならば人類は甘えているのが順当でしょう。慢心せず、必要以上を望まず、そのまま発展することを望みます」
「はい、心に刻みます。間違っても利用しようなどとは考えません」
「そのように」
かなり重要な役割を託されたと感じる。どんなふうに祖母に伝えるべきかしっかりと吟味しなくてはならない。
「言ってもよ、できるんならアクセスすんのもありだろ? 意思交換しなきゃはじまんねえ」
ミュッセルが突拍子もないことを言う。
「コミュニケーションの努力をするのは否定しません。あの方々もお寂しいでしょうから仲間が増えるのは歓迎でしょう」
「お前も寂しいとか思うのかよ。そんな、突き放した物言いしてるくせによ」
「最近実感した概念です。わたくしも耳を引っ張る相手を失うのは寂しいのです」
「いじる相手がいねえとつまんねえってことじゃん!」
鋭くツッコんでいる。
二人の関係性には苦笑いしかできないエナミだった。
次回『試合前のひととき』 「最も注力すべき試合ではありませんか」