学年末の教室(2)
お世辞にも優等生とはいえないミュッセルに教えられるのは級友のボーナ・ヘルマンにとって面白くもないことだっただろう。その気持が意地悪を言わせたとしても腹を立てる気にはなれない。
「時空界面の向こうな」
考えられることは少ない。
「正直、なんとも言えねえ。今のところは正常に動作してる。ただし、これから先何百年もそのまんまって保証はできねえ」
「そう……だな」
「なにせ、あっちは高次空間だ。学者先生もあーだこーだ議論してるが、はっきりしたこと言える人はいねえはずだ。なんたって三次元存在の俺たちには認識さえ難しい場所なんだからよ」
自らの失言を悔いる様子のボーナに答える。
「ただし、面白えデータはある。こっちが使いたいメガヘルツあたりまでの領域にもノイズがなくはねえが少ない。でもよ、もっと上の領域を観測すっと、かなりのノイズがあるらしい。もしかして使われてんのかもしんねえな?」
「それは……」
「おう、お前が今想像したのと同じことを俺も考えてる。向こうにも知的生命ってのが存在するかもしれねえってな」
ボーナは目を丸くして聞き入っている。かなり脱線しているが、クリスティ・ワシュマ教師も止めようとはしない。実のある議論だと思って微笑みながら見守っている。
「そいつらにとって邪魔になりゃ排除される可能性は否めねえ」
干渉力は人類の比ではないだろう。
「もし禁じられたりしようものなら人類は衰退してしまうぞ」
「そうだよな。それぞれの星系で情報が分断されることになっちまう」
「それどころか、最悪超光速航法も不可能になってしまうかもしれない」
比較的物質が多い星間銀河という島宇宙が、時間と空間という途方もなく攻略しがたい難所と化してしまう。分断された人類は、残された技術で到達できる範囲で細々と暮らすしかなくなる。星間管理局などなにも意味をなさない。
「でもな、そうはならねえ気がするんだ」
自信があるわけではなく、ほぼ勘の話。
「高次存在にとって俺たちは邪魔しなきゃなんねえほど目障りか? そんなことねえって、たぶん」
「取るに足らないと?」
「それに近えと思う。お前、道端でバクテリアが漂ってんのが気になるか?」
その例えに級友は失笑する。
「小虫にも届かないか」
「言い過ぎかもしんねえけどよ、どこに引っ付こうがどこで増殖しようが気になんねえ。むしろ、それあっての環境が成り立ってんだからできるだけ放っておこうとしねえ?」
「無闇に排除するのは愚か」
同じ結論に達している。
環境は複雑に絡み合って成立している。場合にもよるが、そうそう触れていいものではない。むしろ、有用な働きをしているものも少なくない。
「高次知性体ならば認識していながらも放置するのが正解と考えるか」
ボーナも納得顔。
「例えば仮に二次元世界に知性体が存在して、それが人類の邪魔になんねえなら気にするまでもねえしな」
「確かに。三次元宇宙へのまともな干渉力を待たないかぎりは存在を知ることもない」
「ってなわけだ」
知らないだけで実際にはいるのかもしれない。しかし、三次元的な影響を観測できないかぎりは認識もできない。それだけの話だ。
「面白いことを考えるんだな、君は」
「全部ひっくるめて推論だ。与太話の域を出ねえ」
お互い苦笑いで終わる。とても物理化学の授業とはいえない。ほぼ、おとぎ話をしたような気分だった。
「でも、面白い話だったわ」
クリスティ先生がまとめる。
「時間も頃合いだし、さっきの話になにか思うところがあったら皆もメッセで送って。先生も解説する自信ないけど」
「ねえのかよ!」
「だったら任せてもいいの、ミュウ君?」
勘弁してくれと手を振る。
隣でエナミが興味深げに見つめていたのにミュッセルは気づかなかった。
◇ ◇ ◇
エナミは夜になってからミュッセルにコールする。さすがに彼も戻っていたらしく、背景は自室のものだった。
「まだ大丈夫?」
話せる時間があるか尋ねる。
「そいつは俺の台詞だ。お前、明日は女王杯・夢の決勝だろうが?」
「うん。でも、順当だったからね。対策打ってあったほうだから少しは余裕ある」
「まあ、見慣れた顔触れじゃあるがな」
結局、後期女王杯の決勝もフラワーダンス対デオ・ガイステの対戦である。相手にとっては雪辱戦だろうし、一度勝ったとはいえ彼女たちにとっても侮っていい相手でもない。
「準備は整えてあるから。明後日の炎星杯準々決勝の分も」
そちらもおそらく揺るがないであろう。
「フローデア・メクスか。俺も当たったことねえからアドバイスできねえな。一つ言えんのは、アームドスキン『レイ・ソラニア』はちょっと癖のある機体だってだけ。ありゃ、汎用性を一部捨てて白兵戦仕様に半振りした設計思想になってる」
「試合映像から類推はできてる。イオンスリーブ搭載機としてもかなり完成度高そう」
「覚悟して懸かれって言っとけ。まずは明日だがよ。捨てる気はねえんだろ?」
片方を重視した対策ではない。
「はーい。それより、今日の授業中の話なんだけど」
「そんな変な話だったか? まあ、突飛だっていやそうなんだけどよ」
「ちょっと気になってて」
エナミは本題を切りだした。
次回『学年末の教室(3)』 「それは今、口にすべきではありませんよ?」