学年末の教室(1)
学年を締めくくる夏季試験の終わった公務官学校の教室は緩んだ空気が流れている。補講および追試の必要な生徒は別室指導になっており、残りの生徒は余裕綽々の状態。
「このように重力端子穿孔素子によって漏れだした時空外媒質と時空物質が反応して存在エネルギーそのものが放出されます。具体的には周囲の物質をプラズマ化する形で」
物理科学教師のクリスティ・ワシュマが生徒の要望に答える形式で授業をしている。本来なら一年の総まとめをしてもいいのだが、生徒個々人の興味を惹く事柄に答えることで適性を引きだしたり伸ばそうとする内容になっていた。
「素子のサイズはどのくらいなんですか?」
「針先のサイズよ。だいたい10マイクロメートルくらい。先端はダイヤモンドでできてるわ。平均して数mm程度」
対消滅炉構造に興味を抱くボーナという男子生徒に尋ねられての話。彼が話の流れから生まれた疑問に応じての問答となっている。
「それなんですよ。全体はともかく、反応に用いる核心部分はかなり小さいんですよね? それなのに、似たような理論で時空界面干渉する超光速通信機は大きいのでしょう?」
「そこが腑に落ちなかったのね?」
「はい」
調べれば学生でも資料は出てくるだろう。しかし、専門的すぎて彼一人では読み解けなかったという。もやもやした気持ちを授業まで待ってきてしまったようだ。
「確かに超光速通信機は大型で、だいたい50m級以上の船舶くらいでないと搭載できません。不思議ね?」
「構造モデルは出てきたんですけど理解不能で」
「わかりました。じゃあ、ミュウ、説明してあげて」
「げ、俺かよ」
調べるまでもなく理解していることなので高をくくっていたミュッセル。いきなり当てられて面食らう。
「知ってるでしょう?」
「けどよ、教師なんだから教えてやれよ」
正論を説く。
「普通のカリキュラムだったらね。でも、余暇授業なんだから教えあったらいいじゃない。お互い勉強になります」
「まあ、そうだけどよ」
「君はわかるのか、ミュウ?」
クラスメイトのボーナ・ヘルマンはエナミほどではないものの指折りの優秀な生徒である。総合評価だと平均より低めの彼に教わるのは面白くないのだろう。
「どっちも重力端子機器だかんな」
肩をすくめて応じる。
「アームドスキンっていやあ反重力端子のイメージ強えかもしんねえがグラビッツマルチレイヤーもそうなんだぜ。滑動複層膜のレイヤーをグラビッツの重力場でまとめて……」
「それは関係ないから遠慮して。超光速通信に関してだけお願い」
「ぷ!」
隣でエナミが吹いている。
「しゃーねえな。エンジン用の穿孔素子っつーのは時空界面に小っせえ穴を開けんのが仕事だ。要は必要なサイズの穴を必要な時間だけ開けりゃいい。わかんな?」
「ああ、それは理解できる」
「ところがフレニオン通信機は穴を開けなくたっていい。時空界面を揺すって向こうの時空外媒質に影響与えるだけだ」
ミュッセルは指で突く動作を手で押す動作に変える。あくまで感覚的な話だが大きく間違っていない。
「その違いもわかる。どちらかというと後者のほうが簡単に思えてしまうんだ」
ボーナも想像力に劣るわけではない。
「でもな、でかい違いは仕事のほうじゃねえ。動作のほうだ」
「動作?」
「その名のとおり通信機だからよ、生みだすのは信号なんだ。映像だの音声だのデータだのを信号化して送らねえとなんねえ。ところがな、グラビッツってのはそんな細かい出力制御ができねえときてる。ちったあできるが、通信向きのキロヘルツだのメガヘルツなんて変更は到底無理」
内容に矛盾を感じたのか首をかしげている。
「それだと動作しないじゃないか」
「おう、普通の方法じゃしねえ。だから、通信素子そのものを物理的に振動させてんだ」
「それってグラビッツを?」
ボーナが見たであろう超光速通信機モデルを表示させる。外殻にそれほど意味はないので取り払うと、素子をクローズアップする。
「ただ、振動させたんじゃ必要な出力が得られねえからよ、素子本体の質量を大きくしねえとなんねえ。単純に嵩増しで重さ持たせて振動させる」
大型の素子部分を示す。
「その振動数が回線周波数。アナログ制御した振幅に変換したデータを乗せて送る。重力子界面計測で回線にシンクロした周波数を観測すれば遠く離れた場所でも即座に抽出できるって寸法だ」
「その理屈だと、端的に重量アップのための大型化に聞こえるが」
「それ以外の何物でもねえ。そうしねえと通信機として動かねえから大きくなってる。それだけだ」
質問主の男子は目を丸くしている。
「そんなに非効率的だとは思わなかった」
「考えてみろよ。グラビッツが技術として伝わってきて何年だ? たった二十七年ぽっちだぜ? 進化するには研究が足りねえんだって」
「そうだよな。君のやってるクロスファイトがアームドスキン開発の実験場としてようやく機能しはじめたところ。歴史的には変わらないんだった」
「それ以前の超光速通信機なんて100m超えの船舶じゃねえと積めねえようなデカブツだったのを考えりゃマシになったほうじゃん」
納得を得られたと思ったがそれでは終わらない。ボーナは質問を重ねてきた。
「それだと時空界面の向こうの状態によって通信は安定しない可能性もあると?」
「あー、それな」
痛いところを突いてきたとミュッセルは思った。
次回『学年末の教室(2)』 「もし禁じられたりしようものなら人類は衰退してしまうぞ」