ステファニー・ルニエと天使の仮面
「うっそ! ヤバ!」
ヤコミナ・ポスケは仰天する。
ステファニーのヨゼルカの動きは目覚ましく良くなっていた。どうにか間に合ったかと安堵していくらもしないうちに撃墜判定の警報を耳にする。
「なんとぉー! ここでステファニー・ルニエがノックダウーン! 元女王の一角が崩壊ー!」
アリーナが悲鳴に満たされる。
「うっひゃあ! 勘弁!」
「予想外なのよ」
モニカとロニヤのチャガー姉妹がヴァン・ブレイズに攻め立てられている。目まぐるしい機動に狙撃を挟む隙もない。罠に掛けたつもりで遠間に釘付けにされていただけなのだと気づいた。
「マッズい。マヌエラ、突入!」
「行ってるぅ!」
他にどうしようもなく総力戦になる。しかし、距離は情け容赦なく彼女らを突き放し、モニロニの双子はたどり着く暇もなく落ちた。
「ぴゃ!」
「ブレーキぃ!」
反転も許されず捕まり、ブレードの一閃を喰らったマヌエラが。そして、ヴァン・ブレイズに押しつぶされていた彼女も駆けつけたレギ・ソウルの一突きで終わる。
「全滅だぁー! またもツインブレイカーズがリミテッドを食って三回戦進出決定!」
敗北が宣言された。
(っちゃー。序盤でつまづくとは)
女王杯という絶好のアピールポイントを失いつつあるチームを、メジャーで光らせようという目算が狂う。
(女王杯・夢に懸けるしかないってことね。ステフがこの感じなら準備期間が取れるのは悪くないかも)
「あっはっはっは」
ヤコミナの耳に届いたのは、楽しそうに大笑いするステファニーの声だった。
◇ ◇ ◇
「星間管理局興行部?」
ステファニー・ルニエへのメッセージはそこから届いていた。クロスファイト運営課ならば馴染みのものなのにいつもと違う。
(女王杯の斡旋通知じゃない?)
それ以外にないと思うが、間違いを犯す相手ではないとも感じて首をかしげる。
「ヴィアンカ・スレイ?」
開封をタップしようとしたら重ねて通信が入る。
「ハイ、ステフ。調子はどう?」
「問題ない。むしろ良い。女王杯のことなら今回答しようとしていたところ」
「まだ見てなかった? それ、別件なの」
ヴィアンカはクロスファイト運営課窓口のアテンダント。なので星間管理局興行部でも親密な関係にある。試合以外に用があるとは珍しい。
「は?」
通信パネルとは別でメッセージを開封した。
「見てのとおり移籍のお誘い。パイロットだけじゃなく、モデルとしてのステフもうちでマネージメントさせてほしいってお願い」
「GAEみたいな大きな活動ができるほどわたしは売れてない。ほとんどメルケーシン限定なんだけど」
「広く活動してほしいんじゃなくて深く掘り下げたいって意向みたい。つまり、パイロットでモデルのあなたが欲しいんだって」
時間を取られるのはこれまでと変わらない気がする。それどころか万が一、人気が出てしまえば余計にスケジュールを圧迫しかねない。良い話なのに断りたい気持ちが先に立つ。
(せっかくパイロットとしての本当の喜びに気づけたのに)
モデルのほうの引退を言いだそうと機を測っているくらいだ。
「一人、我儘言ってるのがいてね。その子がこの条件飲まないと仕事請けないって言うんだもん。今の所属事務所に義理はあるかもしれないけど無理聞いてくれない?」
なにがなんだかわからない。
「これ以上、仕事を増やしてチームに迷惑掛けたくないんだけど」
「スケジュールは調整するって。クロスファイト選手がメインで考えてくれていいらしいわ。私だって人気選手のステフを手放す気はないもん」
「本当なのか? 願ってもない話ではある」
喉から手が出るほど。
「事務所のほうにもGAEから交渉するから、あなたの気持ちだけ教えて。選手生命だって限界あるし、将来設計だってあると思うし」
「今はただ、上しか望んでいない。パイロットとしての上しか」
「そう? 移籍してくれるなら、最初の仕事はそれになるんだけど」
メッセージの下のほうには一つの提示がある。そのプレゼン企画は『ステファニー・ルニエと天使の仮面』と銘打たれていた。
(天使の仮面? まさかな)
結びつかない単語にステファニーはさらに首をかしげた。
◇ ◇ ◇
移籍後初仕事のフォトブック『ステファニー・ルニエと天使の仮面』はメルケーシンどころか星間銀河圏全域で売れていると聞く。自分の容姿を誇る気はなく、妙な感じだった。
(そこまでするか、君は)
撮影時を思いだしてステファニーは吹きだす。
(小さく捨てる。つまり、モデル活動は制限するくらいの我を通さねば上は望めないと)
スタジオに現れたのは赤毛の少年であった。照れくさそうに散々スタッフに喚き散らしながらもディレクターの指示に従う様子は笑いを誘う。彼女のリードで初々しいデートっぽい場面まで撮られた。
(でも、一番のお気に入りはこれだな)
チームのフィットスキンをまとって振り向く全身がアップで写っている。横顔の先には真紅の少年が彼女を睨みつけるように仁王立ちして不敵に笑っていた。
(君とわたしの関係はこれが一番しっくりくる)
ステファニーはこれまでの人生で最高の一枚を眺めて微笑んだ。
次はエピソード『収斂の炎星杯』『ハードウェイ(1)』 「そう簡単には変わらないわよ。桜華杯が異常だったの」