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ゼムナ戦記 クリムゾンストーム  作者: 八波草三郎
クロスファイト戦国時代
301/409

上を向いて走ろう(5)

 みっともないとも思える力のぶつけ合いでしかないのに、なぜか身体が熱くなってくる。それには明確な理由があった。


(耐えてくれている。そして、ついてきてくれている)


 汎用性が高く、トータルバランスばかりが際立っていたヨゼルカ。どう上手に使うかが課題だったデオ・ガイステというチーム。

 明らかに様変わりしている。わかってはいても体感できていなかった違いがステファニーにも伝わってきた。


(意識するだけで動いてくれる。機械を動かしているという感触ではなくなっている。繋がった感じ)

 微小なタイムラグの無さがそう意識させる。

(こんなに動くアームドスキンだったのか。これほど動く機体にしてくれていたのか、整備士(メカニック)の皆は。わたしは……、わたしという馬鹿はそんなことも感じ取れずに、いや、信じられていなかったのか)


 理想の動作に近づけるのではなく、理想を描けるアームドスキンになっていた。自身をマッチングさせるのではなく、改修したヨゼルカをそのまま受け入れるだけで良かったのだ。気づけないまま迷っていただけ。


「こんなにも、楽しいものだったか」

 胸の奥底から喜びが湧きあがってくる。

「忘れてたのかよ?」

「勝利への義務感と、テストパイロットであるプライドと、ファンの期待に応えるべきという使命感で忘れていた。わたしはなぜアームドスキンのパイロットになりたかったのかを」

「思いだせ。お前はなにをしたい?」

 赤毛の少年は拳とともに問い掛けてくる。

「心ゆくまで、この大きな人型で遊んでいたかっただけなのだ。いくら鍛えようと限界のある女の身体を飛び越えた世界に行きたかったのだ」

「お前は今どこにいる?」

「希望した場所。コクピットがわたしにとっての世界なのだ」

「んじゃ、もっと楽しめ」


 ステファニーはヨゼルカに溶け込んでいくような感触を味わっていた。機体の足は半ば意識せずとも動き、腕はフィットバーと一体化したかのよう。

 身体に染み付いた戦闘技術が自在に反映されるとともに、周囲がより詳細に感じられる。眼の前の真紅のアームドスキンが振るう拳の一つひとつが明確な意思を持って打ち放たれてきていた。


「そうか、これが……。やっと、ここへ」

「目ぇ覚めたんなら本気で来やがれ」


 もう打撃を受け止めるだけではない。叩き落としては打ち返す。弾き、隙間を見い出せばブレードを解き放って斬り掛かった。左手も添えて強化した斬撃はヴァン・ブレイズのブレードスキンで凄まじい紫電を舞わせる。


「ったく。気合い取り戻したかと思ったらこれかよ」

「君はなにがしたい?」


(私を目覚めさせて……、強くしてどうしようというのか? それを知りたい)

 常に勝利を口にするミュッセルにあるまじき行為に思えてしまう。


「金や名誉を欲しがってるだけの奴じゃねえ。クロスファイトで一旗上げようって腹でもねえ。お前みてえな生粋のアームドスキン乗りは強くなきゃいけねえんだ」

「わたしが強くなったら困るだけじゃないのか?」

「強くなれ。んで、俺をもっともっと強くしろ。柔らかいもん殴ってたって拳は鍛えられねえじゃん」


(なんなのだ、この少年は。聡いのかと思ったら、なんと馬鹿な)

 愉快になってきた。


 瞬速の正拳が顔面めがけて飛んでくる。手首を返して引っ掛けるように逸らした。すぐさまひるがえしてブレードを生む。左手の指を掛けて加速させた。

 左半身で上半身を反らす赤い機体。ショルダーユニットのビームコートを薄皮一枚削ぐようにブレードが抜ける。忍びいってくる掌底を肘を立てて打ち払った。


「それだ、それ! もっと自分を研げ!」

「応えよう。いや、そこへ行きたいのだ」


 ヴァン・ブレイズは地にうずくまるかの如く小さくまとまったかと思うと、そこから業火のような蹴りが放たれる。かすめた装甲が削れて火花を散らした。

 危険信号が後ろ頭をくすぐっているというのに身体はさらに踏み込んでいく。正拳突きを左手で受け止めると、振り子の如くひねって右のブレードを落とした。


「足りねえぞ。まだ捨てきれねえのか?」

 ミュッセルの要求は高い。

「まだ望むのか?」

「もっと上に行きてえんじゃねえのか?」

「言うまでもない!」

 スパークの向こうに烈火の意思が浮かぶ。

「足場固めて走ってるんじゃ前に進んでるようで進めてねえぞ。そんなもん捨てて、上を向いて走れ」

「上を向いて?」

「そうだ」


 ひどく抽象的な表現は珍しい。しかし、彼女の中でなにかが閃いたような気がする。大切ななにかが。


「もう一歩だ」

「な!?」

「熱くなるだけでは行けない領域へようこそ」


 拳で弾かれたブレードを引き下ろして横薙ぎに変化しようとした。なのに、そこにはミュッセル機はいない。背中合わせに旋回した二機が入れ替わる。

 水平に走る一閃はこすり上げられ脇が開いた。地を這わんばかりに踏み込んできたレギ・ソウルの剣先が旋風をまとう。音もなく抜けた剣閃がヨゼルカの胴を舐めていった。


(見えなくなっていたか。まだまだ未熟だな、わたしは)


 モニタに浮かぶ撃墜(ノック)判定(ダウン)の文字にステファニーが抱いたのは悔恨ではなく喜悦だった。

次回エピソード最終回『ステファニー・ルニエと天使の仮面』 「女王杯のことなら今回答しようとしていたところ」

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