上を向いて走ろう(2)
「女王杯・夢が始まるまで二週間、まさか調整のつもりで炎星杯に出てきたんじゃねえよなぁ?」
赤毛の少年ミュッセル・ブーゲンベルクが訊いてくる。
「言うまでもない。わたしはメジャーも獲りたいと思ってる」
「いい具合に強欲だ。そいつぁいい」
「最大の壁に言われると萎える」
ステファニー・ルニエはため息を一つ交えてみせる。
「違ぇだろ。発奮しろよ」
「美少年相手に発奮していたら醜聞をさらすことにしかならない」
「美少年言うな」
不本意らしい。彼にとっては試合開始前のファン向けのリップサービスなのだろう。対立姿勢をことさらに煽る。
「ま、リミテッドにライバルと思ってもらえるてるだけで良しとすっか」
いけしゃあしゃあと言う。
「桜華杯決勝を観て君を意識しないチームなどいない。いるとすれば感性に欠けた、取るに足らない選手でしかない」
「言うじゃん。確かにまだ上を狙ってる奴の台詞だ」
「わたしはリップサービスは苦手だ」
表情を作るつもりもなく淡々と告げる。こういうところをモデルをマネージメントしているエージェントは嫌うが、コクピットにいるときくらいは彼の演出からは逃れたい。
「そう言わずに覇気の一つも吐いてやれ。アリーナに観にきてる女どもが泣くぜ?」
「このスタイルでやってきた」
「違ぇねえ。キャーキャー言ってる奴ら、お前をクールな二枚目男子くれえに思ってんじゃね?」
否めない。ファンは彼女の二面性がいいという声が多い。モデルとして魅せる顔とパイロットとしての冷徹な顔。ギャップが堪らないと評される。
(これが地だとは言えない)
口にしないくらいの分別はある。
(だから常に地でいられる君には憧れる)
「ギャップでいえば君のほうが遥かに上だ、天使の仮面を持つ悪魔」
少しはサービスする気になった。
「おうおう、喧嘩売ってくれんじゃん。喜んで買ってやる」
「そのために来た。存分に買ってくれ」
「お前はいい女だ。売れて当たり前だぜ」
鼻で嗤うも、その奥に本音が垣間見える。親しく付き合えば本当に気のいい男なのだろう。二刀流が憧れ、目標として突き進むくらいには。
「ほんと生意気だこと、坊や」
ヤコミナが引き取ってくれる。
「クイーンとして君臨していたチームの実力、思い知りなさい」
「上等だぜ。来やがれ」
「桜華杯で疲れてるでしょ? お子ちゃまはおやすみ」
ちょうどいい塩梅で挑発に切り替えた。頃合いだということ。
「リングは白熱の度合いを高めてきたぁー! 一発触発の空気だぁー! 勝つのは台頭してきた暴れん坊ブラザーズか、誇らしき実績のクイーンたちか!? ゴースタンバイ? エントリ! ファイト!」
リングアナが開始を告げる。
真紅のアームドスキンが不敵にゆったりと構える。無言だった剣士もヒップガードから大振りなブレードグリップを抜くと14mはありそうな力場刃を閃かせた。
対するステファニーは、前衛で前面に展開していたモニカとロニヤのチャガー姉妹と呼応して左右に分かれる。後衛のヤコミナとマヌエラがビームで足元をさらいに行く。
(彼らの攻略法も一般化してきたが、未だに足を止めるに留まっている。本当の意味では誰も止められていない)
ブラフで混じえる直撃弾はブレードスキンと呼ばれる防御機構や力場の剣身で防がれる。足元を荒らして速攻をさせないだけ。灰と赤の二機はまるで滑るように後ろに下がる。
「分断できるほどの火力はデオ・ガイステにはないから。このまま仕掛ける」
「了解」
チーム回線でヤコミナが決定を周知する。コマンダーを兼務する彼女の指示はチームで絶対だ。そのスタイルで勝ってきている。
(マッチアップはしない方針か。ヤコミナは今の前衛の実力では二人のパイロットスキルに敵わないと見たんだな)
状況に応じてチームの長所を活かして勝利するタイプのコマンダーだ。
(そう思わせる自分が情けないと思うべきか。いや、そんな後ろめたさを持ったまま戦っていれば余計に足を引っ張る)
現状、自身の最大のパフォーマンスを発揮する。ヤコミナが把握している各々の実力を示せれば勝ち筋が見えてくる。
「スペースで落とすのも無理。このタイプは釣るほうが乗ってくれそう」
「押すのはリスクだらけなんよ」
「狼頭はあたいたちでも厳しいし」
双子の二人の連携はクロスファイトでも有数だと思っている。彼女たちにしてそう言わせるグレオヌスは常識外れの存在だ。
(冷静に分析できてる。ならば簡単に負けはしない)
あとは彼女が改良型ヨゼルカをどこまで動かせるかに懸かっている。ヤコミナの予想を上まわるパフォーマンスをすれば勝利に直結する。
「ゲージ使って道作る。それで」
「よろぴく」
後衛二機の弾幕をヴァン・ブレイズが拳で弾き返している。前に出てくる余裕までは失わせた。双子が迂回してレギ・ソウルの出足を突きに行く。その後ろに控えて真紅の機体を観察した。
(出方を見られている)
並行三連カメラアイに動向を睨まれているのを覚ってステファニーは背筋が冷たくなった。
次回『上を向いて走ろう(3)』 「せめて、それくらいは守りたいものだ」