上を向いて走ろう(1)
「北サイド、続いての登場はチーム『デオ・ガイステ』! クイーンの名は返上してしまったものの、リミテッドクラスの風格は未だ健在ー!」
ステファニー・ルニエはメジャートーナメント特有のちりちりとした空気を浴びて身が引き締まる。それと同時に充足感を覚えていた。
(こここそが自分の居場所だと思えるのに)
女王杯・虹の敗退によって環境には若干の変化が生じている。モデル側のマネージメントをしているエージェントはここぞとばかりにスケジュールを詰め込んできた。
(クイーンという名誉はモデル業の看板にもなるって言い訳が通用しなくなってしまった)
無理をいう理由を失ってしまった彼女はもう一つの仕事に費やす毎日を過ごすことになった。訓練に割く時間を失い、チームメンバーにも申し訳ないことをしている。
(みんなは大丈夫って言ってくれてるけど)
このままではリミテッドクラスの維持も難しくなりそうな危機感を抱いている。敗北はステファニーから名誉と時間だけでなく気概さえも奪い取っていこうとした。
(エージェントはこのままモデル業に専念させようとしたいんだろう。クロスファイトの実績なんて関係なく、元人気パイロットって冠が付けられればいいのか)
ファッションアイテムを売るのに実際の人間のモデルは別に必要ない。デザインを売りにするなら3Dモデルに着けさせればいいのだ。
ではなぜ職業としてモデルが生存しているかというと、個々のカリスマを利用してカスタマーにリーチするため。目を惹くシンボルとしての存在を要求される。
(それには露出が不可欠なんだけど)
だから見目麗しいパイロットである彼女が求められた。ステファニーも人気による試合機会を求めて契約した。いよいよ、それが逆転しようとしている。
(すでにシンボル化したからパイロットとしてのわたしは不要とされてしまう。本懐は認めてもらえない)
流されてしまえば苦悩する必要はないとわかっている。だが、今感じているリングの空気が彼女を心から欲していると自覚させられてしまう。
(敗北したのに、前期女王杯の決勝は最高だった。全力で戦い、出し尽くして敗れた。あの少女たちを讃えられるし自分も誇らしい。互いを讃えられる試合だった)
何度でもあんな試合をしたいと心が叫ぶ。しかし、実情は徐々にズレを生みはじめている。ステファニーたった一人を取り残してクロスファイトは革新の一途をたどっている。
(せっかくヨゼルカにもイオンスリーブが搭載されたというのに、ろくに慣熟時間を取れなかった。あの無様な一回戦をまたくり返さないといけないの?)
不慣れな特性に振りまわされた試合だった。メンバーが十分な準備をしてくれていなければAクラスのチームに敗れていたかもしれない。
(ヤコミナやマヌエラ、モニロニには迷惑を掛けてしまった)
砲撃手の二人はしっかりと仕上げてきた。あまつさえ、機動性を活かしたフォローで戦いやすくなっていたのだ。
モニカとロニヤの双子も連携を深めたうえに、イオンスリーブのパワーと反応性を十全に発揮して強くなっている。ステファニーは時流どころか仲間からも置き去りにされようとしている。
(このままでは足を引っ張る。わたしがいないほうがチームは強くなれるかもしれない)
心が軋む。自分が退けば全て良くなりそうな感じさえする。彼女が我慢すれば皆が幸せになるのなら、それが正しいような気がした。
(引退、か……)
その一つの選択肢が行く先に浮かぶ。
「対するはツインブレイカーズ! 桜華杯の余勢を駆って、いきなりリミテッド撃破のジャイアントキリングを成し遂げるのか? クロスファイトへのイオンスリーブの急速な普及で勝敗は誰にも読めなくなってしまったぁー!」
リングアナの声で意識を引き戻す。
(いつの間にかコールが終わってた)
自分はアリーナの声援に応えられたのか。そんなことも思いだせない。クロスファイトのファンも、彼女個人のファンもまだパイロットのステファニーを求めてくれているというのに情けないかぎりである。
「ステフ、平気?」
ヤコミナには不安の色を読まれてしまう。
「ごめん。また迷惑掛けてしまう」
「気にしちゃ駄目って言ったじゃない。あたしたちはステフの人気にあやかってずっと儲けさせてもらったんだもん。あなたがいないとリミテッドなんて夢だった」
「その夢を挫くのがわたしでも許してくれる?」
弱気の虫に囚われる。
「大丈夫大丈夫」
「マヌエラ?」
「この前のゲスト出演したドラマのアクションシーンなんて見惚れちゃった。またいっぱい練習したんでしょ? 今のヨゼルカはステフの要求に応えられるアームドスキンに化けてるから。信じて動かしてみて」
仲間の信頼は篤い。驕ることなく真摯にクロスファイトにもメンバーにも向き合ってきたからだろう。その貯金もいずれ潰えるときが来るのだろうか。それとも自ら退くのが正解なのか。
(迷いを持ったままで勝てるわけがない。この少年たちは本物)
女王杯・虹の決勝でも彼の予言は現実になった。クロスファイトというものを正確に把握している証拠である。
ステファニーはその赤毛の少年と戦おうとしていた。
次回『上を向いて走ろう(2)』 「お前はいい女だ。売れて当たり前だぜ」