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ゼムナ戦記 クリムゾンストーム  作者: 八波草三郎
クロスファイト戦国時代

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奥まる願い(1)

 その日、ミュッセルはリフトトレーラーでヘーゲルのアームドスキン訓練場に来ている。半地下のコマンドルームから近しい場所に半径400mの障害物(スティープル)エリアと、その上を覆うドームが完成していた。


(これなら衛星カメラで覗かれることもねえな)

 トップチームへと躍進を続けるワークスチームを抱える企業として当然の措置といえよう。


 夏を彩る炎星杯のエントリが始まろうという時期ではあるが、ツインブレイカーズとフラワーダンスの関係性なら合同訓練も変ではない。ただし、今回は違う目的もあった。


「ヴァン・ブレイズで来て」

 彼の袖を引っ張ってお願いしてきたのはウルジーであった。


(いつもマイペースな無口娘がたってのお願いとはな。気になるってもんだ)

 快く応じた。


 グレオヌスと二人、最近の合同訓練では備え付けのホライズン予備機を使うことのほうが多い。性能を揃えることでパイロットスキルが際立つこともあるし、お互いの手の内を必要以上にさらさない配慮もある。


「さて、起こすか」

「僕はホライズンを借りに行ってくる」

 狼頭の少年はドライブルームを降りる。


 相棒とは一台のリフトトレーラーで乗り合わせてきた。ウルジーの用が済めばまたホライズンを使った全体訓練をすると考えればレギ・ソウルは不要である。


「お疲れさま。もう始めていますわ」

「おう。こっちも準備する」

 ラヴィアーナがσ(シグマ)・ルーン経由で挨拶してくる。


 フラワーダンスはすでにスティープルエリアの中らしい。彼がヴァン・ブレイズを立ちあがらせていると、鋼材の林の中から一機また一機と出てくる。


「温まってっか?」

「十分よ。そろそろ本格的に詰めてかないといけないし」


 ワークスマシンのホライズンはさらにカスタムされている。見た目はほぼ変わらないが、駆動系に占めるマッスルスリングの割合が倍近くになっていた。

 その状態でセカンドバージョンにするつもりではない。どこまでマッスルスリングを導入すると機体性能と販売価格の釣り合いが取れるかテストしているのだ。


(しっかりしてんよな)

 ミュッセルは感心する。


 豪勢に使って価格だけ吊りあげても売れ行きは厳しくなる。そのあたりの考え方はカーメーカーだけあって冴えている。彼ならば、とにかく性能を上げることしか考えられない。


「掴めたか?」

「まだまだ。手も足も握力上がった分だけグリップ材の検討してもらってる」

「しゃべりすぎだ、ばーか」

「訊かれたから答えてあげたんじゃない、ばーか」


 ビビアンとの関係性に大きな変化はない。どちらかというと最初からなかった遠慮がさらになくなった感じ。男女の枠が外れつつある。


σ(シグマ)・ルーンにエンチャント。機体同調成功シンクロンコンプリート

 話しているうちにヴァン・ブレイズとの同調が終了。

「今日は出力標準でいい」

『承りました。対消滅炉(エンジン)出力、標準値で稼働中です』

「エンジン周り、プラズマチューブ交換してっから問題出たらすぐ警告出せよ」

 ただの保険である。マシュリお手製の部品で初期不良が出たことがない。


 黒いストライプのホライズンが前に出てきた。ウルジー機である。


「ありがと」

 しおらしい声音で告げてくる。

「なんてこたぁねえ。頼み事ってなんだ?」

「教えてほしい。これで撃墜(ノック)判定(ダウン)奪う方法」

「スティックでか?」

 彼女は自身の武器を示す。

「そう」

「前にも言ったが、そいつで最大効果を発揮するには鋭く確実に突くしかねえ。叩くのはオマケみてえなもんだ」

「足りない」


 声が沈む。思ったより深い悩みらしい。ミュッセルは改めて聞く姿勢になった。


「どうしてもか?」

「うん」

 決意のほどがうかがえる。

「ぼくだけノックダウン奪取率低い。もっと楽に勝てた試合いっぱい」

「待ってよ、ウル。あたしたち、それを負担に思ったことなんて一度もないわ」

「そうそう。むしろウルのお陰で後衛(バック)のノックダウン奪取率が上がってるんだから」


 レイミンの言は事実である。転倒させる、姿勢を崩させる、注意を引く。ウルジーが担っている役割は砲撃手(ガンナー)にとって最重要ともいえる。相手が普通の状態での狙撃成功率など知れているのだ。


「ウルのアシスト率はチーム断トツなんだから」

 サリエリも保証する。

「ウルが手伝ってくれないと、あちきの攻撃なんて当たらないにー」

「俺もそう思うぜ。それでもなんだな?」

「うん」


 ウルジー機は頷きメンバーは沈黙する。戦友にして親友の奥まった願いは少なからずショックだったのだろう。一人、悩ませていたとは思い至らなかったようだ。


「気持ちはわかる。勝ちてえよな?」

「そう」

 力強い声だった。

「チームの勝利じゃ駄目なの?」

「違うって。前衛(トップ)(さが)みてえなもんだろ? ビビ、お前、ビームランチャー持って後ろに下がれって言われてたら納得できたか?」

「い……」

 否めないはず。

「一人で戦ってノックダウンを奪う快感は他のもんには代えがたいじゃん。ウルだけお預けってのは無しだろ」

「ほんとだ。ごめん」

「いい。我儘」


 ウルジーが自身の持つ棒術の手技でパイロットになろうと考えたときから覚悟があったのだと思う。しかし、乗れば乗るほどにつきまとってきた願いであろう。他のメンバーのように打ち勝って喜びを得たいと。


 ミュッセルは彼女の正当な願いを叶えてやりたいと感じた。

次回『奥なる願い(2)』 「他人で遊ぶなー!」

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― 新着の感想 ―
[一言] 更新有難う御座います。 まぁ、相手を倒す爽快感は……ねぇ?
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