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ゼムナ戦記 クリムゾンストーム  作者: 八波草三郎
クロスファイト戦国時代

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何気ない時間(1)

 エナミは弟のクリオを伴ってブーゲンベルクリペアにやってきた。少し前にメッセージのやり取りで在宅確認をしていたのだが肝心のミュッセルの姿がない。


「はい?」

 母親(チュニセル)が上を示している。


 レギ・ソウルのスパンエレベータが胸の位置まで上がっている。そこで作業しているらしい。


「ミュウ、忙しかった?」

 声を張る。

「おう、来たか。作業終わるまで適当にしてろ」

「上がってもいい?」

「リフト使え。クランプ忘れんじゃねえぞ」


 姿は見えないが声は聞こえてくる。彼女は邪魔する気はなかったのだが、クリオにせっつかれて見学することにした。整備柱(ピラー)のリフトを使ってスパンエレベータの上まで行く。


「いらっしゃい」

 グレオヌスが覗く。

「こんにちは。作業中?」

「ああ、ちょっとね」

「練習は?」

 仰向けに放りだされている足が少年のものだった。

「今日はオフ」

「じゃあ、家で休んでりゃいいのによ」

「クリオがここがいいって言うんだもの」


 嘘ではないが彼女も乗っかった。会いたくて一も二もなく飛びついて、オートキャブで姉弟二人の訪問である。


「時間掛かんぞ」

 未だ顔は見えない。

「なにしてるの?」

「肩のマッスルスリングドラムの維持液のチェックだ、クリオ。桜華杯であんだけ振りまわしたかんな。劣化の具合を見とかなきゃなんねえ」

「ふぅーん」


 理解しているわけではない。それはエナミも同じこと。なにをしようとしているのかさっぱりわからない。


「よーし、栓は抜いたぞ。グレイ、チューブのプラグを差せ」

 狼頭の少年はドラムの上担当らしい。

「刺したらちょっとだけ流せよ。サンプル取る」

「わかった。先にキャップを外すから待ってくれ」

「キャップ? お前、まさか……」

 不穏な空気になる。

「え、外したけど?」

「馬鹿野郎、それは空気栓だ! 外したら全部抜け……、ぶぼぼぼ」

「あ……」


 静かになった。ドラムの下に寝転んでいたミュッセルが、乗っていたスライド板ごとゆっくりと出てくる。上半身を黄色の粘液まみれにした状態でだ。


「殺す気か?」

 顔の粘液をこそぎながら言う。

「ま、間違っただけさ。悪気はない」

「悪気がなかったなら許されると思うな! わからないなら最初から訊け!」

「悪かったよ」


 とは言うが、グレオヌスも笑いを堪えきれない。エナミとクリオも爆笑していた。憤慨した赤毛の少年だけが取り残される。


「ミュウ、もう一度栓をしてから降りてください。グレイは残ってチューブを差すのです。再充填します」

 整備コンソールのマシュリが近くのスピーカーで告げてくる。

「お前は鬼か!」

「早くしてください。あまり空気に触れているとマッスルスリングが劣化いたします」

「わかったよ。俺が間違った」


 なぜか不遇な扱いを受けている。それもおかしくてたまらなかった。姉弟してずっと笑いつづけている。


「シャワー浴びてくる」

 不機嫌な面持ちのままミュッセルは言う。

「スライド板はそのへんに。付着している維持液をチェックしますので」

「なんで俺がこんな目に……」

「事故です」


 あくまで貫かれるとあきらめて歩いていった。エナミは笑いの発作が収まらないうちにチュニセルに手招きされてテーブルに着く。おやつとお茶の準備がしてあった。


「すみません、お手伝いもしなくて」

 迂闊だった。

「いいんだよ。あの子が彼女作るとか思いもしなかったんで嬉しくてね。もっと先のことだと思ってたのにさ」

「そうです? ミュウって結構モテるんですよ?」

「あんなだから、ちょっとよく見えるかもしれないね。でも、実際に知り合うと察しの悪さに愛想尽きちゃうだろう?」

 母親の評価は正確である。

「女の子として見てもらうまでは大変かも。大事には扱ってくれるけど、みんな平等にですもんね」

「父親に似て朴念仁だからねぇ」

「…………」


 同じテーブルに着いている父親(ダナスル)は返す言葉もないらしい。黙々とお茶を口にしながら休憩している。


「すまない。ミュウに会いに来たのにさ」

 グレオヌスも作業を終えてきた。

「いいの。ここは落ち着くし、お母様に自由時間を作ってあげたかったのもあるから」

「そうなんだ。イシュミナさんは元気?」

「うん。喜び勇んで遊びに出かけたもの」


 少し前に家族ぐるみで食事会をしている。忙しい父のセッタムは同席できなかったが、それ以外の面々はグレオヌスも合わせて一同に会していた。


「そのうちお父上にもご挨拶させないとね」

 チュニセルは気にしている。

「いいんですよ。きちんと話はしてありますし、お祖母様も喜んでくださいましたので」

「そうかい?」

「またの機会に」


 セッタムは正直いい顔をしていない。十五歳になったばかりの娘を奪われたと思っているのだろうか。しかし、母親のユナミに頭の上がらない父が強硬に反対してくることはないと読んでいる。


(ビビとも和解したっていうか、ちゃんと祝福までしてくれたし)

 彼女なりに踏ん切りがついたのだろう。元々友情のほうを大切にしている親友だ。

(なんだか、とっても幸せ)


「待たせたな」

「あ、ミュウ」


 聞こえた声に振り返ったエナミはドキリとした。

次回『何気ない時間(2)』 「余所のお嬢さんが見てるんだからちゃんとしな」

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