変化する暮らし(4)
グレオヌスは師範代ヒューの身体の使い方に注目していた。当然、彼もリクモン流の使い手なのだがミュッセルとは打撃の仕方が違う。
(ミュウの場合、力点・支点・作用点を一直線にすることでリクモン流打撃の効果を最大限にする)
ただし、それは彼の身体が小さいから可能なこと。
(師範代のような大男では不可能。作用点は自身の重心と同じ高さか、もしくは低くなる。直線にはできない)
では、どうしているかというと、そこに体幹の強さが関係する。
打撃を重心位置から始動して打ちだすことに変わりはない。ただし、その一直線上に力点はない。本来の力点はもちろん床にあるのだ。
身体の大きな門下生は体幹を強くして、それを支えにして重心後ろに仮の力点を作る。そこで直線を作ることで打撃を強化していた。
(そうやって、間合い内であれば距離やストロークに左右されない打撃力を得てる)
ミュッセルの方法に比べれば効率は落ちる。彼の方法が最も効果的であるのは事実。だから小さくとも他の門下とも渡り合える。
それでも格闘技においてウェイトがあることは最大の利点。重心の安定感や、元々の筋力の高さで打撃力は少年のそれをゆうに上まわる。
(それでも打ち負けないのがミュウの凄さでもあるんだけどさ)
彼がなにをしたかというと、同じくリクモン流の力の操作法で防御までやっている。一直線に通した芯を使って、受けた打撃力を床に逃がしていた。そうでなければヒューの一撃で吹き飛ばされている。
(常に作れるわけじゃないだろうけど、模範技術として意図的にやったんだな)
攻撃するにもお互い動いていれば芯を作るにも苦労する。防御までこなすとなれば無理がある。だからミュッセルは足を使った回避を基本とし、それがアームドスキンでの機動戦にも反映されていた。
「ふん!」
「っしゃあ!」
試合は異なる流れになっている。師範代はどっしりと構えてすり足で移動しながら攻撃を繰りだす。対してミュッセルはその攻撃を手技で巻き込み、逸らしながら自身の間合いへと持ち込んでいた。
「ぬ?」
「は!」
少年の軸足が力点を作り、斜めに突きあげられた肘がヒューの掌底を打つ。それだけで大男の身体が若干浮いていた。
「信じらんない。どうやってあんなパワーが」
「師範代がおっしゃられてることを実践するとあそこまでいけるのか」
門下生たちは目を皿にして見入っている。
(理屈はわかった。これはちょっと面白いな)
ついい小さく笑ってしまう。
「それまで」
ゴセージ師範の合図を受けて審判役の門下が試合を止める。
「「ありがとうございました」」
礼に終わり二人は手を打ち合わせていた。お客気分で構えていたグレオヌスの肩が叩かれる。ゴセージに見られていた。
「行きなさい」
試合場へと促される。
(覚られたか)
顔に出したのは迂闊だった。
「お、やんのか?」
ミュッセルも愉快そうにする。
「ここならブーゲンベルクリペアの床と違うから思いきりやれんぞ?」
「そうだな。試したいこともあるし」
「面白えこと言うじゃん」
自前の長剣型ウレタンスティックを持ちだす。腰だめにして親友と向き合い礼を交わした。するりと抜いて先を向ける。
「なんだよー。本気で来いよー」
「待ちなよ。ちょっと試してからさ」
呼吸を整えイメージする。いつもと違う身体の動かし方を意識せねばならない。慣れない方法にイメージを合致させる。
「ふっ」
息一つで打ちおろす。意外とスムースに嵌った。テストだと聞いたミュッセルは受けにきている。
「だ!」
左の前腕甲を叩く。普段ならブレードスキンがある位置なので、そこで受けたつもりなのだろうが「パン!」と弾けるような音とともに顔をしかめた。
「お前、それ」
「案外決まるもんだな」
「見ただけで盗みやがって」
グレオヌスは普段体幹で体重を支え、腕を通して武具に伝え、剣筋を通して打突点に集中させている。それで斬撃の威力を高めていた。しかし、今の一撃は違う操作もしている。
師範代を真似して体幹に力点を生み、重心と打突の一点に直線を作った。普段なら斬線という二次元の攻撃面を持つ斬撃を、一次元の一点に集中している。攻撃力は上乗せされているはず。
「いって! 芯を流してなかったら折れてんぞ、こら!」
「君なら上手に受けると思ったさ」
「抜かしやがれ」
怒らせてしまったらしい。一転して本気で打ち掛かってくる。そうなると同じ操作をするのは至難の業になった。
「おらおら、どうした?」
「じゃあ、こうするさ」
構えを格闘融合型に変化させると、左の拳をリクモン流打撃にする。
「調子に乗りやがって!」
「なるほど、やっぱり打撃のほうが簡単だ」
「ふざけんなぁ!」
そこからは模範試合どころでない手合わせになった。ゴセージが止めるまで激しい打撃戦を繰りひろげる。
「くっそ、親父さん並みに手強くなりやがって」
「それを聞けただけで僕は満足さ」
(本気で組み込んでみよう。もう一段上のステージが見えそうだ)
思いがけず拾い物をする。
グレオヌスはミュッセルと二人、師範に丁寧な挨拶を残して道場を辞した。
次回『何気ない時間(1)』 「おう、来たか。作業終わるまで適当にしてろ」




