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ゼムナ戦記 クリムゾンストーム  作者: 八波草三郎
クロスファイト戦国時代

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変化する暮らし(3)

 ミュッセルがグレオヌスを伴ってリクモン流道場の手動ドアを開くと、中は数ヶ月前とは様変わりしていた。以前の男臭さは払拭とまではいかなくとも、かなり軽減されている。


「ずいぶん小綺麗にしてんじゃん」

「状況が変わったんだ」

 師範のゴセージ・オーレンへの挨拶を済ませてから師範代のヒュー・パイモンに尋ねる。


 元から汚くはなかった。道場を掃除して綺麗に保つのは新人門下生の務めであり、修練場への敬意として教え込まれる。事実、ミュッセルも身体の痛みに耐えつつ励んでいたものだ。

 しかし、今の綺麗さは少々色が違う。ただ磨いているのではなく、古風ながらも装飾を取り入れようという心持ちが感じられた。


「イメチェン?」

「そうせざるを得なかった」

 師範代はあきらめ顔だった。

「おお、女っ気が増えたからかよ」

「新人も増えてるみたいですね?」

「一時期、とんでもない数が殺到してきた。お前が人気のあるチーム戦カテゴリに挑戦を始めてからだ」

 半年ほどの長さである。

「リクモン流を習いたいという男女が増えた。リクモン流のクラブページにはこれまでどおり『入門試練あり』と明記してあるのにだ。ふるいに掛けるのに忙殺される有り様だった」

「最近、でかでかとトップに持ってきてたのはその所為か」

「とてもではないが捌けなくなってな」


 苦労の色がうかがえる。かなり人口密度が上がって、しかも女子門下生のスペースらしきものまでできあがっている。


「師範代が?」

 グレオヌスが訊く。

「そうだぜ。ヒューはこう見えてマメだし、クラブページ作成なんかもできる」

「意外だな」

「もっと嫁さんにもマメにすりゃ、口で凹まされずに済むってのによ」

 ヒューは「余計なお世話だ!」と声を荒げる。

「ともあれ、ふるい分けしなくてはならなかった。『烈波(れっぱ)』を教えてくれっていう素人から、護身術くらいに考えてる女性まで入門基準に満たない者ばかり」

「厳しいって噂も薄れてきた頃合いだったもんな」

「ただし、中にはクロスファイト選手はもちろん、見込みのあるスポーツ選手も含まれていたから無視できなくてな」


 きちんと応対する手間を掛けなくてはならなかったらしい。その結果として、現状の人口密度である。


「手広くやって稼げばいいじゃん。そんで、もっと広くしろ」

 単なる軽口である。

「そうもいかん。師範のお考えに適わんではな」

「スポーツ選手ですか? リクモン流は純粋な格闘技に思えるのですが」

「流派の基本として体幹を鍛えるのを重視する。そこに着目したらしい」

 グレオヌスの問いにヒューが応じる。

「体幹、武技では普通ともいえますけど」

「リクモン流は特に大事にすんだよ。芯を通すのにな」

「ああ、なるほど」


 普段から彼と手合わせすることの多い狼頭だからこその実感だ。技能の中心であるといってもいい。


「新人門下相手に手ほどきの組手するわけにもいかねえな。実践して見せてやるか。軽く試合ってくれ、師範代」

「それはいい。頼めるか?」

「おう。見とけよ、グレイ。俺の言ってる意味がもっとわかる」


 女子門下生の注目を浴びている自覚はある。だが、彼ほどの領域まで行くと、基本のできていない相手との組手は怪我の元。不用意にはできない。


 ミュッセルは公務官(オフィサーズ)学校(スクール)の制服を道着に着替えに行った。


   ◇      ◇      ◇


「失礼します」

 グレオヌスは招かれて師範の隣に正座する。

「もうメルケーシンも慣れたであろう。楽しいか?」

「ええ、本当に有意義です。友人にも恵まれましたし」

「よいことだ」


 ゴセージの傍は空気が引き締まる感じがする。父と同じ雰囲気を宿す老体には親近感を覚えていた。


「変化を受け入れるのですか?」

 気になって尋ねてみる。

「伝統を重んじるだけではな。次代に苦労させるだけになる」

「師範がご顕在なら加減もできますでしょうし」

「案ずるな。ヒューも受け継いでおる」


 使いようによっては人体に大ダメージを与えることが可能な格闘技。その伝承には慎重を期さねばなるまい。


「我らは身一つにして真剣を持たせたそなたのようなものぞ。心得なくして適わず」

「ですね」

「相応の技能も必須。あれが見せてくれよう」

 師範代の背中を示す。


 ミュッセルが着替えを終えて戻ってくる。新人たちのところで挨拶を受け、こちらを指さして声掛けしていた。皆が試合場へと集まってくる。


「では、構え」

 門下の一人が審判をする。

「始め!」


 さすがの赤毛の少年も一切の加減なく、基本に忠実な構えになる。対する師範代も厳しい面持ちになり、細く長い呼吸に入っていた。


「はぁ!」

「っらぁ!」


 決して大振りではない、最短の軌道をなぞった正拳の突きが少年に突き刺さる。ミュッセルは両手を揃えて受け止めていた。両者の軸足が激しい振動音を立てている。


「嘘。師範代の本気の一撃を正面から受け止められるの?」

「冗談みたいな光景だ。ミュウ選手の強さはこれができるからなんだな」

 ささやき交わす声が聞こえる。


(へぇ、これは……。体幹ってそういうことなのか)


 グレオヌスは別のところに着目していた。

次回『変化する暮らし(4)』 「試したいこともあるし」

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― 新着の感想 ―
[一言] 更新有難う御座います。 有名税にも困りもの。
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