決戦前の静けさと(2)
その金髪の女子はエナミ・ネストレル。前にビビアンが、転入生が多いと言っていた当人である。グレオヌスの少し前に転入してきていて、女子グループに馴染んでいた。
(タイプちょっと違うんだけど、不思議と仲良いんだよな)
毛色の違う淑やかな少女だ。緑の瞳が印象的で、グループに混じれば取り分け可愛いという言うほどでもない。それなのに目を惹く。
(頭一つ抜けて大人な感じ。なにを話すにもおっとりと返してるし)
彼の育った環境、軍事色の強いところではほとんど見られない性格だった。戦闘職など無縁の世界に生きてきたのは明白である。
「邪魔してごめんなさい。なに話してたの?」
ゆったりと首を傾ける。
「お互い忙しいって話。エナは明日応援に来てくれる?」
「フラワーダンスの試合ね。どうしようかしら」
「またNG?」
申し訳なさそうな表情で「お父様がいい顔しなくって」と返している。
「過保護ぉー」
「ギャンブル場でしょう? 一人では許してくれないみたい」
「そっかぁ」
強くはいえないところがある。お世辞にも客層がいいとはいえない。投票可能な十八歳に達しておらず賭けられなくとも、まだスクール生の娘に行かせたい場所ではなかろう。
「んじゃ、俺たちと行くか?」
エナミは「え?」と目を丸くしている。
「一人が無理なら俺たちがガードしてりゃいいんじゃねえの?」
「怖いんじゃない。そんなに親しくないからさ」
「俺のほうがヤバいってか?」
ミュッセルはゲラゲラと笑っている。
グレオヌスたちが女子グループと話しているときは積極的に加わってこない。テンポが違うので遠慮しているのかもしれないが、性質的にも合わないと思っている。
「あんた、来てくれるの?」
ビビアンも驚いている。
「そのために今日追い込むんだろうが。四回戦頑張れよ」
「そ、そう? じゃ、気合い入れてやるわよ」
「次勝ってもまだポイントは付かねえが賞金はグンと上がっかんな」
色々とプラスに働く。
「応援したいな」
「だったら僕たちと来ますか? こんな見た目なので危ない輩は寄ってきませんよ」
「そんな。グレイ君、紳士なのに。いいの?」
礼儀がこびりついていてクラスでは紳士だと言われる。そんなつもりはないのだが母の教育の賜物であろう。
「砲撃手の攻略法教えてよ」
サリエリがミュッセルに詰め寄っている。
「次、チーム『ガンズスラッシャー』だろ? ここの奴ら一人もソロに来ねえから知らねえんだよ」
「役に立たないんだから」
「ひでえな、おい」
軽口を戦わせている。
「一匹ずつあぶり出して潰してくしかねえって」
「害虫みたいに言わないであげなさい。うざったいけど」
「だって、あいつら隠れるの上手いから似てるじゃんかよー」
ひどいのはお互い様である。
(まあ、狙撃手があのリングで勝ちにいこうとすれば障害物を有効活用するしかないからな。基本戦術はそうなるだろう。広い宇宙空間でこそ活きるスナイパースタイルだし)
グレオヌスもまだ砲撃手とはまともに当たっていない。倒した二人は彼をビギナーと侮って弾幕で対処しようとした。
「それじゃ、決まり。明日はミュウとグレイでエナをエスコートすること」
「わかったぜ」
「ああ、任せてくれ」
(友達の応援はしたかったんだな)
エナミが嬉しそうに微笑んでいたのでグレオヌスは安心した。
◇ ◇ ◇
翌日、約束どおり放課後はエナミを伴ってクロスファイトアリーナに向かう。グレオヌスも選手登録したので、パスでゲートを通過できる。
「そんな」
「いいって。安いもんだ」
「奢ってもらいなよ。ミュウは稼いでるんだから」
エナミは彼の支払いでゲートを通り、軽食コーナーで飲み物とかを選ぶよう迫られている。ミュッセルにすれば男気を見せたいだけなのだろうが、彼女は気後れするかもしれない。
「じゃあ、僕は……」
選んでいくと「仕方ねえな」とこぼしている。
「わたしはオレンジジュース……」
「それとスナックな。それより肉っけがいいか?」
「夕食前だし」
躾が行き届いている様子。
「腹減るだろ? この時間帯も」
「あはは」
「内緒にしとくよ」
グレオヌスのフォローで色々抱えてアリーナに上がる。いい席を確保してエナミを間に腰掛けた。平日のオージュの日だが観客はわりといる。
「お前、『天使の仮面を持つ悪魔』じゃないか?」
当然気づかれる。
「うっせ。その名で呼ぶんじゃねえ」
「『狼頭の貴公子』もいるのか。レーネの日に決勝だろ、お前ら」
「このあと友達が出るんだ。応援ぐらいすんぜ」
男は「頑張れよ」といって身を引いた。
(節度はあるんだよな。こういうところは、さすがメルケーシンだって感じる)
国情によっては、こうはいかない。
「うっし、始まんぜ?」
エナミに説明している。
「フラワーダンスは格下になっからこの下の南サイドから入場してくる。いい場所だろ?」
「うん、見やすい」
「手ぇ振ってやれ。案外見えてるもんだ」
「それではサウスサイドより『花摘乙女の集い』、チーム『フラワーダンス』の入場です!」
リングアナの声に驚いたエナミを大丈夫だとグレオヌスは宥めた。
次回『決戦前の静けさ(3)』 「ブーゲンベルクリペアで安く組んであげれば?」




