少年少女のエンディング(2)
「勘違いだったわ」
ビビアンはミュッセルに対し言葉を続ける。
「恋だと思ってたけどなんだか覚めちゃったのよ」
「なんだ、それ?」
「たぶんね、恋じゃなくて憧れだった。どこまでも自由に、自分勝手に好きなだけ羽ばたいてるあんたが眩しかったのよ」
出会った頃の少年は本当に輝いて見えていた。好きなことに一本気で、周りの目なんか全く気にしていない。目標に向かってまっしぐらで、どんな努力も惜しまない。
「あたし、周囲に迎合するのが大人になる第一歩の処世術だと思い込んで過ごしてた。ジュニアスクールも高学年になってヤンチャしてるなんて馬鹿だなって」
それが精神的成長だと思いたかった。
「でも、どこか息苦しく感じてて、あんたみたいな生き方に憧れたのよ。同じことしてれば理想の自分になれて、あんたの隣にいても恥ずかしくないはず」
「それが勘違いだったって?」
「うん。ぎりぎりでも実際にあんたに勝って隣に立ってしまうと別のものが見えちゃった。もっと上に行ってみたい自分が。あたしがしたかったのは、べったり一緒にいるんじゃなくて隣を走ることだった。抜きつ抜かれつの隣を。これって恋じゃないもん」
内面と向き合って言葉にするほどに本心だと思えてくる。ミュッセルに対する最も強い感情が憧れなのは間違いない。同じものになりたい類の憧れ。
「だから賭けはなし。負けたからって付き合ってくれなくていい」
張りつめていたものが抜けていくような感じがする。
「そっか」
「そう、忘れて」
「悪いが俺も無理だ。親友としか思えねえ。頑張りゃ女として見れるかとも思ったが決勝を戦ってみて思い知った。お前は俺の最良の友達で最高のライバルだ。それでいいな?」
真摯な言葉に頷く。
「それに俺、たぶんエナのことが好きだ。傍にいてえ、守りてえって思えるのはエナのほうだ」
「そんな気がしてた」
「ありがとよ。お前のことがあって、ようやっと真剣に考えることができた。妙なことになっちまったが、これからエナとちゃんと話す」
胸の奥がチリリとする。自分が拒めばこうなるとわかっていたはずなのに厳然として痛みがある。
「だったら、さっさと行っちゃって。まさか、デリカシーのないあんたでも、ここで話の続きするつもりじゃないでしょうね?」
不快な面持ちでミュッセルを見る。
「わかってるって。んじゃ、ちょっと付き合え、エナ」
「でも……」
「いいからよ」
赤毛の少年は親友の手を引いて出ていく。強引なくらいなのは、彼の気遣いであるとわかった。神経細やかな狼頭の少年も頭頂の耳を寝かせてメディカルルームをあとにする。少し心配げな視線を残して。
「では、ぼくたちはホライズンを引きあげないといけないからお先に。行きましょう、主任」
「ええ」
大人の配慮をしてくれる。
「お疲れさまでした」
後ろ姿を見送るのが限界。胸の奥から湧きあがってくるものを抑えきれない。堰を切ったように大粒の涙がどんどん溢れてこぼれ落ちていく。
「ああああぁー!」
子供のように声をあげて泣いた。
メンバーは誰もなにも言わない。四人ともがベッドに上がってただ抱きしめてくれた。嗚咽も聞こえてくる。
(もし、ミュウを貶すようなこと言ったら余計傷ついてた。わかってくれてる)
メンバー全員に感謝だ。
(全部流れていってしまえ、焦がれるようなあたしの想い。今度顔を合わせたときに、あいつに馬鹿が言えるように)
ビビアンは一切我慢しなくていい友達に囲まれて泣きつづけた。
◇ ◇ ◇
ミュッセルはクロスファイトドームのエントランスとは反対側の通用口から外に出る。手を繋いで引っ張る女子はあまりに足が重い。しばらく進んだところで足が止まってしまった。
「私、最低。譲らせてしまった」
顔を押さえて俯いてしまう。
「エナ」
「なんてひどいことを。勝てたら祝福してあげたいって心から思ってたはずなのに」
「なあ」
なんと言えばいいかわからない。
「つらそうなとこ見せちゃったら、ああ言うしかないじゃない! だって、私の気持ち知ってたんだもの! だって、ビビほど友達思いで大切にする人いないんだもの! それなのに、それなのに!」
「でもよ」
「ああああぁー!」
泣きじゃくってしまう。手を伸ばすも触れていいものか。エナミは選手のような体育会系のこざっぱりした女子ではないのだ。
「もう……、もう友達のままでなんて……いられない」
しゃくりあげながら言う。
「なんて裏切り。どんな顔して……会えば? 友達でいてなんて……そんなおこがましいこと」
「馬鹿」
「え?」
思わず口に出た。
「あいつがそんなしみったれたこと言うかよ。今、お前が言ったんじゃねえか、友達思いで大切にするって」
「だけど」
「その大切な友達に、あんな場面で嘘つくか?」
嗚咽は残っているものの、涙は収まってきている。迷いを表すように瞳が揺れていた。
「ありゃ、まったくの嘘じゃねえ……はずだ」
絶対の自信はない。
「完全に割りきっちゃいねえだろうが、自分の気持ちに決着をつけたかったんだと思う。あいつもやってみなきゃ本心に気づけないタイプだかんな」
「そ……う?」
「同類だからなんとなくわかんだ。俺たちは願って手を伸ばしてみねえと自分に折り合いがつけられねえ人種なんだよ。だから何事もあきらめねえで挑戦しつづける」
ミュッセルはタイプの違うエナミにも理解できるよう必死に言葉を選んだ。
次回エピソード最終回『少年少女のエンディング(3)』 「私のこと、好き?」




