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ゼムナ戦記 クリムゾンストーム  作者: 八波草三郎
念願のリングへ

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少年少女のエンディング(1)

「れっ……」


 視界が歪む。誰かが脳みそをかき混ぜているかのような感触。ミュッセルは高密度情報のσ(シグマ)・ルーン接続のとんでもない反動に苛まれている。


(打て!)


 身体が憶えているルーチンを実行する。重力波(グラビティ)フィンで作った力点から支点たる重心を通し、作用点である右手へと螺旋の応力を流した。

 定まらない手を伸ばす。接触していないとなんの効果もない。朦朧としたまま、感触のフィードバックだけを頼りにした。


「……ぱ」


 どうにか螺旋の力が流れた感触がある。ところがその瞬間、視界が青白い光に包まれた。反動から戻ってきた感覚が疑問を投げかける。


「なん……だ?」


 視線を向けると、アングルにもたれかかったレイミンのホライズンがビームランチャーを持ちあげている。砲口は正確にヴァン・ブレイズを向いていた。

 その筒先も震えながら落ちる。パイロットが気を失ったのだろうと思った。しかし、放たれたビームは真紅の機体を焼いている。


「ば、バイタルロストぉー! ビビアン選手、レイミン選手とも失神しています! しかし、同時にミュウ選手のヴァン・ブレイズも直撃を受けている! タイミングは微妙です! 勝敗の判定をお待ちください!」

 リングアナが残り少ない声を飛ばした。


「なに!?」


 明瞭になった視界に愕然とした。ヴァン・ブレイズの右手はブレストプレートのど真ん中に当たっている。その手も機能停止とともに下がっていった。


烈波(れっぱ)をコクピット直撃させちまったのか! ビビぃー!」


 即座にブレストプレートを跳ねあげる。操縦殻(コクピットシェル)のプロテクタが開くのももどかしく飛びだした。

 赤ストライプを施されたホライズンも機能停止で前のめりになってくる。駆け寄ると胸部装甲の隙間に手を突っ込んで強制開放装置を操作した。


「おい、ビビ!」


 吐きだされてきた少女は項垂れている。烈波(れっぱ)の直撃で瞬時に気を失ったのだ。身体への影響はそれだけでは済まない。落ちてくる身体を両腕で抱きとめた。


「おい! おい! くそ!」


 ヴァン・ブレイズの上からビビアンを抱きかかえたまま飛び降りる。3m以上の高さがあるがお構いなしだ。そのままリングを駆けていく。


「メディカル、担架を出してくれ! すぐにチェックを!」


 ミュッセルは生身には広いリングを必死に駆け抜けた。


   ◇      ◇      ◇


 たゆたっていた意識が薄明かりに照らされていく。浮遊感に酔ったまま明かりに身を委ねた。わずかずつ感覚の欠片がビビアンの身体に戻ってくる。


「……ん、ふぅ」


 目を開くと様々な色彩が入り込んでくるが輪郭がはっきりとしない。徐々に焦点を結んだ視界が像を結んでいく。意識がそれらを認識するにも時間が掛かってしまった。


「……れ?」


 皆が覗き込んでくる。数多くの顔が揃っていた。


「見えてっか、ビビ? おい。どこか痛くねえか?」

「ミュウ?」


 顔が近いのが急に意識される。驚いて顎を引いた。リアクションに、皆の表情が安堵に変わるのがわかった。


「痛い? なんで?」

 質問に理解が追いつかない。

「なんでって、俺がうっかり烈波(れっぱ)を直撃させちまったからだ」

「あ、そう……?」

「お前」

 やっと頭がはっきりしてきた。

「そうだった! ここ、メディカルルーム? どうなったの?」

「君の勝ちさ」

「おう、ミンのビームのほうが先に当たってた。優勝はフラワーダンスだぜ」

「……ったぁー!」


 両腕を突きあげる。赤毛の少年は慌てて避けていた。非常に悔しそうな面持ちで視線を逸らしている。舌打ちまで聞こえてきた。


(勝った! 勝った! あたし、本気の試合でミュウに勝った!)

 喜びが爆発した。


「素晴らしい試合、素晴らしい勝利でした。わたくしは誇らしくて仕方ありませんよ、ビビ。ホライズンに栄誉を授けてくれてありがとうございます」

 ラヴィアーナが手を握ってくる。

「いやー、ぼくも途中からエンジニアでいられなくなっていたよ。ただのいちクロスファイトファンとして試合を楽しませてもらった。記憶に残るかぎり最高の試合だったね」

「ありがとう、ヴィア主任、ジアーノさん」

「お礼を言うのはこちらですよ」


 交互に握手を交わす。プロジェクトリーダーに場所を譲っていたメンバーがうずうずと待っているのが見える。


「ありがとう、みんな」

 心から笑顔が湧いてきた。

「いいの、勝ったんだもの。早々に落ちてごめん」

「とんでもない、サリ」

「粘れなかったのにー」

 しょげて寝る三角耳を撫でる。

「十分よ、リィ」

「しょぼん」

「いい仕事だったわ、ウル」

 本心からそう思う。

「もうこりごり」

「そんな言わないでよ、ミン。あなたのお陰」

「…………」


 言葉を発せないまま、嬉しいような寂しいような面持ちで微笑を浮かべる少女がいる。彼女には掛ける台詞がない。


「しゃーねえな。勝負は勝負。俺の負け。お前と付き合うぜ。で、俺はなにすればいいんだ?」

「…………」


(なんか違う。あたしの願いはこれ? ううん、そんなはずない)

 心の中にしこりがある。

(大事にしたいのはなに? 恋心? そもそも、あたしの感情は恋心なの? こいつとなにしたいかとか全然わかんない)


「いらない」


 困惑の果てにビビアンははっきりと告げていた。

次回『少年少女のエンディング(2)』 「そんな気がしてた」

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