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ゼムナ戦記 クリムゾンストーム  作者: 八波草三郎
念願のリングへ

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272/409

リングに吠えろ(1)

 試合時間カウンターは「32分17秒」を示している。エナミは表に出せない逡巡の中にいた。


(そろそろ体力的に厳しくなってくる)


 マッスルスリングを導入してパイロットへの負荷が下がったとはいえ限度がある。単純なマラソンならメンバーは三、四時間くらいは走れるだろう。しかし、戦闘における急な加減速や緊張感による筋肉疲労が急速に体力を奪っていく。


(残り少なくなった体力でも身体は動く。でも、精神力だけで動かしてるようなもの。それも尽きた瞬間、気を失うように動けなくなる)


 彼女も精神疲労が著しい。不意に一瞬、集中力が途切れるときが出てきている。限界は遠くない。


(ミンが仕掛けにいったとて大胆にじゃない。どこかで大勝負に出ないと男子には体力負けする)


 今はまだもっている。バイタルに乱れが出る前に仕掛けたい。しかし、限界というのは選手が一番知っているもの。この一戦に懸ける気合いが選手を動かしている場合もある。


(そのときは私の横槍なんて邪魔になるだけ。無駄な消耗になっちゃう)


 最後の一手に戸惑う。つくづく自分は策略家ではないと思ってしまう。最終目標は同じ勝利であれど冷淡にはなれない。


(割り切ろう。最後に勝負を決めるのはやっぱりパイロットスキル。戦ってるみんなが全てを懸けるべきときを感じるはず)

 それまでは今の分断した状態をキープできるようにナビする。

(勝利は選手のもの。敗戦の責任は負っても、私が決めては駄目)


 エナミはそう心に決めた。


   ◇      ◇      ◇


 サリエリは思ったほど分が悪くないと感じている。


(ブレードナックルは厄介でも、手数の増えたリィはそんなに押されてない。狙撃の挟みどころで拮抗状態は作れるもの。だったら、どこかに勝負どころがあるはず)


 今のままではバランスは崩れない。彼女がもっと深く踏み込めば勝機のある瞬間が必ずやってくる。その位置取りを間違えてはならない。


(体力的にはリィは余裕あるから慎重に)

 バディがユーリィなのは楽な点。


 円弧を描くブレードがヴァン・ブレイズの肩口に落ちていく。一直線に伸びた拳が軌道を叩く。猫娘はその反動を利用して振り子のように逆のブレードを放つ。ミュッセルは斬撃をこすり落としつつ肘を飛ばしてきた。

 前のめりに懐に入られそうになる瞬間にビームを挟んだ。ブレードスキンに振り払われるも踏み込み足は止まる。その間にバックスイングを作ったユーリィが一閃を放った。


(続けられる。でも、詰め手じゃない)


 狙っていたスティープルに着地して姿勢を整えた。サリエリはバディのサイドからバックポジションをキープしている。相手の動きがよく見えて、僚機を射線に入れなくてすむ狙点。

 その位置を取りつづければ現状は保てる。しかし、決め手に欠ける。どこかで彼女も飛び込むべきだと思っていた。


(グレイ相手に時間が掛かってる。こっちはこっちで仕掛けないと。でも、ミュウの野郎、隙がないったら)


 恐るべくは、試合開始当初からほとんど動きが変わっていない点。もしかしたら何時間でも戦いつづけられそうな勢いである。そんなのには付き合えない。


(誘いを掛ける。こいつなら読んでくるだろうけど、それでも決まる詰め手を仕掛ける)


 彼女にも秘策があった。砲撃手(ガンナー)なら考えもしない方法が。しかし、プライドなどどうでもいい。フラワーダンスは皆が走れ接近戦のできるチームになると決めたのだ。


(少し間合いがあるほうがいい)

 これまでより距離のあるスティープルに移動。


「リィ、抜かせて」

 チーム回線で告げる。

「いいのに?」

あれ(・・)をやる。準備して」

「でも、あれはサリが危険なのにー」

 ミュッセル相手ではという意味。

「ここでこいつを落とせたらほぼ勝利確定。わかるよね?」

「サリがいないとあちきは……」

「大丈夫。簡単に落ちてやんない」


 猫娘にも迷いはあっただろうが彼女に従ってくれる。わざと踏み込みを大きくして自然に入れ替わる瞬間を作った。

 サリエリからは赤い背中が見える。絶好の狙撃ポジションに見えてそうではない。避けられると味方に当たる位置なのだ。


(そう思わせて撃たないでいれば)

 好機とばかりにヴァン・ブレイズが反転する。落としに来るのだ。


「なんの企みだ、こりゃあよ」

 彼もそんなミスはしないと覚っている。

「疲れてきてるの」

「抜かしてんじゃねえ」


 ミュッセルは彼女の取り付いているスティープルまで迫ってきている。普通ならジャンプして逃げるところを今回は逃げない。それも彼を警戒させるだろう。


(それでも最後までは読めないはず)


 筒先だけで牽制する。照準しながら真紅の影を追った。撃つぞ撃つぞと思わせるが、その程度で相手の足は緩まない。


(その自信が命取り)


 ジャンプしてくる瞬間に一射。ブレードナックルで弾かれるが若干スピードが緩まる。至近距離まで我慢して手を放した。ミュッセルの拳はスティープルを叩いただけ。


「サぁーリぃー!」

「ミュウうぅー!」


 自由落下に入ったホライズン。照準を少しずつずらして連射する。機体を外して動けないように。


「喰らえぇー!」

「おおおっ!」


 一緒に落下するヴァン・ブレイズの頭に向けてサリエリはビームランチャーのグリップエンドを叩きつけた。

次回『リングに吠えろ(2)』 「落ちてくれにゃん」

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