決戦前の静けさと(1)
一抱えもある駆動モーターはずっしりと重い。グレオヌスは傷つけないように作業床に置いて見上げる。
「ダーナさん、置いときますね」
「おう、すまん。無理せんでもいいぞ」
「まだ賞金も受け取れてませんので、これくらいしかお返しできないので」
結局、親からの振込は受け取ってもらえず、クロスファイトの賞金から生活費を収める話になった。なのに、いきなりトーナメントに参加した所為で1トレドさえ手にしてない。気が引けて力仕事を手伝っている。
「どうですか、マシュリ?」
整備コンソールの美女に尋ねる。
「膝や足首のサスペンションのポジションはマシになってきたかと? もう少し動かしていただければピーク値が出ると思います」
「学習が足りませんね。ここまでしっかり大地に足をつけてする戦闘が少なかったもので」
「σ・ルーンの学習は十分です。命令信号に対する機体の自動同期調整が追いついていないだけですので」
シンクロンのアナライザ蓄積が足りていないのである。
「自分だけでなくアームドスキンも鍛えておかないといけませんね」
「経験に伴うものです。正規パイロットでもなければケーススタディは困難でしょう」
「場数を踏めるくらいに大人だったらお手を煩わせずに済んだのでしょうが」
一度蓄積すれば乗り替えても引き継げるものだが、ベースになるデータが習得できていない。機体慣熟微調整のように短時間では終わらない。
「おい、学校行くぜ?」
「今日はそっちかい?」
ミュッセルがリフトバイクを引き出してきている。
「真っ直ぐ帰っかんな。ガントレットの張替えしなきゃなんねえ」
「わかった。っと」
「持っていきな、育ち盛りども」
放られたヘルメットとチュニセルが渡してきた間食のパンを同時に受け取る。バイクのパックに収めてヘルメットを被るとリアシートに跨った。
「出すぜ」
「ああ。いってきます」
返事するとリフトバイクの反重力端子が起動する。フットが格納されてイオンブラストが唸りはじめた。バイクが前傾になるとふわりと前進、開け放っていたシャッターを抜けて道路に出る。
「空いてるね?」
「おう、ちょっとは早く着くかもな」
σ・ルーンが通信機代わりになっているので会話に支障はない。街区エリアの流れ出した景色が溶けていく。
バイクレーンは交通システムの制御外なので空いていればスピードが出せる。その代わり、レーン外に出ようとすると警告されてジェネレータが自動停止するのでカーレーンの車との事故はない。
「いつ買ったの?」
「公務官学校の入学前」
アリーナや道場など遠出しないときはバイク通学している。
「これ、ヘーゲルのGバイクだろう? 高かったんじゃない?」
「まあまあな。賞金なきゃ学生のアルバイトじゃ手が出ねえ。でも、物は最高だぜ」
「こういうのも自分で作りたがるんじゃないかと思った」
アームドスキンを作りたがるくらいだ。バイクも自作するのではないかと思う。
「小っせえほど案外難しいんだよ。こいつほどのスペックをコンパクトサイズに収めるにはメーカーのノウハウがなきゃ無理ってもんだ」
「そういうもん?」
機動兵器のほうがよほど高度な技術が必要になる気がするが。
「サイズ気にしなくていいなら色々できる。でもな、取り回しやすいところに収めようとすっと途端に厄介になんだ」
「そっち方面はどうも無知でね」
「ましてや日常の足にするようなもんは安定性があるに限る。メーカー品はそのあたりが飛び抜けてんだよ」
高いだけの価値はあると考えているという。アームドスキンのように自分好みに仕上げないと気がすまないような機械と、普段遣いの機械を分けているらしい。
「まあ、メルケーシンに入っているカーメーカーでヘーゲルは優良企業の筆頭だもんね」
「でかいだけのことはあるってことだ」
そんな会話ををしているうちに公務官学校の校舎が見えてくる。一般ゲートをまたいで構内に入った。駐輪場に停車していると、横の校内駅から生徒が吐き出されてくる。
「おはよー、ミュウ。今日はバイク?」
ビビアンとサリエリが駆け寄ってきた。
「グレイもおは!」
「おはよう。レーネの決勝に向けて忙しくてね」
「そうよね。今週のポセは流石にみんな騒いでたもん。一般ニュースに載るくらいだったから」
クロスファイトに興味を持つスクール生も少なくない。
「カンス、オージュ、トリア、今日入れて三日しか準備時間ないもの。それも試合相手の機体が隣りにある開けっぴろげな状態で」
「信じらんないわよねー?」
「そうかな」
週頭のポセの日は大騒ぎされた。次のミモニーの日も若干収まったていど。今日カンスの日は幾分マシな感触がする。授業があるのは明日のオージュの日を残すのみ。生徒もトリア、レーネの週末休みはそれぞれに予定があって気が逸れるだろう。
(レーネの日の決勝の結果次第でまたポセに騒がれることになるだろうけど)
星間平和維持軍もメルケーシンと同じく星間銀河歴が採用されているので一週間六日のサイクルは身体に染み付いている。初期移民惑星の名前の一部が冠されたポセ、ミモニー、カンス、オージュ、トリア、レーネの一週間の名付けも常識として解せる。
「あ、エナ、おはよ!」
「おはよう、ビビ、サリエリ。ミュウ君もグレイ君も」
駅から出てきたクラスメートの少女はグレオヌスにも挨拶してきた。
次回『決戦前の静けさ(2)』 「一人では許してくれないみたい」




