桜華杯決勝(4)
通常であればチーム『フラワーダンス』は障害物内部を主戦場とする。彼女たちが走りと狭隘を利用した機動戦を展開するからだ。
(センタースペースで仕掛けてきた)
グレオヌスは想定してなかった事態に後手を引く。
(さすがにミュウの動体視力を知り尽くしてるか。散開状態を読まれたくないんだ)
ヴァン・ブレイズとレギ・ソウルには強固なリンクがある。ミュッセルが視認して、さらに予想した位置も共有できるようになっていた。それをビビアンたちは熟知している。
裏をかくにしても、スティープル内に入ってからルートを変更する迷彩を掛けていては間に合わない。それだけ配置に時間を要する。その間に速攻を受けると痛いという意図は理解できる。
(だからって!)
ユーリィ、ウルジーの二人で仕掛けてくるのは無謀だと思った。訓練でもこの組み合わせて模擬戦をする機会は数知れない。互いに見切りを尽くしている状態なら結果は知れている。
(こっちに一点集中か?)
そう思って砲撃手二人の動向に目を走らせるが、あからさまにヴァン・ブレイズの牽制にまわっている。出足を潰しにいっていた。
(これは?)
疑問を覚えた瞬間に変化があった。フラワーダンス唯一の剣士の猫娘が右手のブレードを振りかぶると同時に左手にもブレードグリップを取ったのだ。
(双剣!)
落ちてきた斬撃は強い。が、彼の大剣型ブレードを押し切るほどではない。しかし、そこへ左の斬撃まで加わると話は違う。
(これはリィの猫型獣人の特性を活かした進化だ)
グレオヌスの種族、狼系獣人アゼルナンは人類種より膂力が高い。同じくパシモニアも腕力は強く、さらに利き手の差が小さくほぼ両利きという利点もある。
しかも、マッスルスリングがそのパワーを増幅する。ユーリィの片手の一撃が、他の選手の両手持ちの一撃並みに強化されている。
(ビーム狙撃に対するガードが甘くなるという欠点がある。だが、僕たちとの対戦にかぎり無視できる欠点だ)
意図的に準備してきたのだ。しかも、二人との訓練ではまったく見せてこなかった隠し玉。冒頭に使ってきた。
(苦戦するほどではないしても……)
彼とて双剣を相手にした経験はある。
斬り落としを大きく弾き、下から跳ねてきた斬撃も鍔元でこすって逸らす。腰で溜めていた左拳を隙間に打ちだす。ところが横合いから飛び込んできたスティックの先に突き払われた。
(この組み合わせは痛い)
ウルジーのホライズンが機体ごと旋回する。スティックの反対の先が顔面めがけて打ちおろされる。グレオヌスはやむなくショルダーガードで受けた。
「しのぐのに!」
「さすが」
二人にしてみても乾坤一擲のコンビネーションだったらしい。受けきった彼にせよ、どうにか崩されずにすんだ攻防というところ。そこから反撃に繋げられない。
「クソきっつい。グレイ、初手は譲るぞ」
「まんまとやられたな。思惑どおりだ、おそらくエナの」
ミュッセルもサリエリ、レイミンの左右どころか上下にまで展開する弾幕プラス、ビビアンのヒット&アウェイを食らって防戦気味。グレオヌスもユーリィの双剣にウルジーのスティック両端を相手にすれば手数で押される。
(バラバラにスティープルの林へと押し込まれる)
有利とはいえない戦況。
(でも、完全に不利でもない。こっちはリンクのお陰でコマンダーと変わらないくらいの目があるしな。そこはフラワーダンスも読んでるだろうけど)
五分か、ちょっと悪い程度だと見る。意表を突かれてペースを奪われただけ悪い。取り戻すにも、向こうのフィールドに持ち込まれた。
(油断も隙もないな。意表を突くのが僕らの専売特許とはいわないけどさ)
「これはフラワーダンスが押し気味かぁー! さすが勢いのあるチームは違います! 連覇に向けて一歩前進といえましょう!」
リングアナの観察眼も鋭い。
バックウインドウをろくに見ず、センサー情報だけで機体をポール型スティープルとプレート型の狭間へと滑り込ませる。ユーリィの激しい連撃に押される形にしているが、ウルジーの進路を制限する意図もある。
ところが一瞬コンビネーションを途切れさせられただけで、プレートの後ろへと飛び込んできた棒術娘がサイドアタックを掛けてくる。左腕で打ち払ってなんとかしのいだ。
(待て? なぜ空いてる左腕の側に動いた?)
戦闘勘が囁いてくる。
(違う。これは罠だ。次に来るのは……)
見えない位置から狭隘を縫ってビームが襲ってくる。それも斜め上からの狙撃なので二人には影響しない角度で。
「サリか!」
反応できたのは勘に従ったお陰だ。
「グレイから落ちるのにぃ!」
「休ませない」
「マッチアップが成功したからには、ね?」
(サリの想定位置が来なかった。ミュウもかなり攻め込まれてると思うしかないか)
相互リンクでは300m以上も切り離されている認識。押し込まれた位置は200mも離れていなかったはずなのに誘導されたか。これでは相棒からも狙点を見極めるのは難しい。
「うん、お見事と言っておこうかな」
「余裕が憎いにぃ」
「黙らせる」
(悪くない。悪くないが、君たちは一つだけ間違ってる)
目まぐるしく襲い来る連撃にグレオヌスは集中しながらも不敵に笑っていた。
次回『桜華杯決勝(5)』 「搦め手で落とせると思ったら大間違いだぜ?」




