桜華杯決勝(3)
「なあ、ビビ?」
ミュッセルがビビアンに問い掛けてくる。
「試合始まる前に始末しておかなきゃなんねえ奴がいるんじゃね?」
「確かに。減らず口を叩けないくらいにね」
「ちっとばかり小突いとけば静かになんだろ」
ヴァン・ブレイズに合わせて彼女もホライズンの顔を実況席のある東側に向ける。障害物の向こうで見通すのは無理だが、ドームのカメラドローンで見えているはず。
「わたくし、大変危険な状況に置かれています!」
リングアナはわざと怯えたような声を出している。
「もしかしたら、今日を最後に妻の顔を拝めないのかもしれません。なんという不幸なのでしょうか」
「被害者ヅラすんじゃねえ!」
「思い残すことのないよう、思いつくかぎりの言葉を皆様にお伝えするのが使命でしょう」
一向に口は減らない。
「というわけで質問です」
「どういうわけだよ!」
「ミュウ選手はなぜヘーゲル、つまりフラワーダンスにマッスルスリング駆動技術を提供したのでしょう?」
「う……」
理由は一度口にしているのに、なぜかミュッセルは口ごもる。
彼が使っているヘルメットは星間管理局が採用しているオープンフェイスタイプ。ビビアンたちヘーゲルでも採用しており今は主流になっているもの。
後頭部の上から顎までを強化外装で覆っており、顔から頭頂までは透明金属のシールドバイザー製。なので、少し赤くなった顔が彼女にもアリーナにも丸見えになっている。
「わかってんだよ、そんなことしなきゃ簡単に勝てるのはよ」
へそを曲げたような口調。
「つまんねえロマンだってんだ。強い奴と本気でとことん勝負したかっただけじゃん。恥ずかしいこと、公共の面前で言わせんじゃねえ!」
「おお、ライバルとの勝負のためですか。それはまさに男のロマン。決して恥ずかしくはございません」
「子供っぽいじゃん!」
本気で照れている。
「すると、我々は君が願っていた本気の決戦の立会人になれるのですね?」
「ああ、やれることは全部やった。お互いの手の内も存分に知ってる。ここからはどっちが上か最後までやり合うまでだ」
「お聞きになられましたか!? 少年少女の念願のリングは桜華杯決勝という最高の舞台となっております! 最後まで見届けるのは義務ともいえるでしょう! 一時たりとも目が離せません!」
フレディもらしくない長口上。メジャートーナメント決勝ともなれば盛り上げるものではあるが異例の長さになっている。しかし、アリーナは誰一人として暇を持て余したり、急かしてくる様子はない。
(それくらい期待されてるんだ、ミュウにもファンにも。嬉しいな)
選手としてこれ以上の名誉はないだろう。
「さあ、あたしにとっても一世一代の大勝負。覚悟はいい、ミュウ?」
ビビアンもショーの片棒を担がないわけにはいかない。
「来いよ、ビビ。お前らが勝つか俺たちが勝つか。きっちり決着つけんぞ」
「今日だけは手加減抜きだよ? 紳士の仮面はかなぐり捨てさせてもらう」
「上等よ、グレイ。全力全開で地を這わせてあげる」
気合いが言葉に乗り移る。
「今回は邪魔は入らない。あなたたちはわたしの砲口からは逃れられない」
「あちきが敗北の味を教えてあげるのにー」
「気をつけることね。数cmの隙間が命取りよ」
「ぼくのスティックの餌食」
メンバーも次々と宣戦布告する。
「そして、エナの手の平の上で踊りなさい!」
「やってみやがれ!」
「そうはいかない!」
皆が気炎を吐く。チリチリと空気までもが熱を帯びるかのよう。それぞれが武器を構え、ヴァン・ブレイズは拳を打ち合わせる。
「勝負は待ったなしー! 最高潮に達したリングは彼ら少年少女の戦いを止められない! それでは試合を開始いたします! ゴースタンバイ? エントリ! ファイト!!」
高らかに合成音のゴングの音が隅々まで響きわたる。さらには大歓声が上書きしてきて余韻を打ち消してしまった。
ところが当事者たちは逆に静かになっている。構えのまま静止していた。トリガーの一押し、フィードペダルの一踏みで熱戦の火蓋は切って落とされるのに動かない。
(中途半端な仕掛けは通用しない。下手すればスティープルにもぐる方向を見極められただけで流れを持っていかれる。マッチアップを作るのも一苦労だわ)
事前の作戦はある。しかし、相手はミュッセルとグレオヌス。こちらの予想など簡単に超えていく。打ち合わせたマッチアップなど、あわよくばのレベルでしかない。
「難しい?」
エナが問い掛けてくる。
「もち」
「普通なら切り札は使いどころって思うけど、そんなので形勢を変えるのはツインブレイカーズだと無理。だったら、初手を取りにいく」
「エナったら大胆」
奇策など牽制にしかならない。最後は戦術と連携とパイロットスキルの勝負だという。頷ける方針だった。
「じゃ、やりましょ」
視線を這わせる。
「リィとウルで」
「あいな」
「いく」
ミュッセルがじりじりとすり足を前に出している。それを無視して二人が飛びだした。一気にトップスピードまで持っていくとレギ・ソウルを目掛ける。
「嘗められたな!」
「そうでもない」
「ないのにゃー!」
ビビアンの意思を受け取ったユーリィが左手にもブレードグリップを引き抜いた。
次回『桜華杯決勝(4)』 「思惑どおりだ、おそらくエナの」




