桜華杯決勝(2)
クロスファイトドームのアリーナは試合開始の瞬間を今か今かと待ちわびている。リング整備が行われている最中も、隣合う友人知人と、そして見知らぬファン同士でさえどちらが上かと議論は絶えない。そして、そのときがやってきた。
「それでは本日のメインゲームとなります!」
リングアナのフレディは第一声で議論を閉じさせる。
「外では晩春の気配濃厚な暖かさの中、リングはすでに熱闘を予感させる対戦が始まります。強者と強者の決戦。それこそがクロスファイトの醍醐味!」
いつもより長い語りが観客の気持ちを盛りあげていく。世紀の瞬間に居合わせることができるかもしれない期待が皆の胸に宿ってきつつあった。
「春を彩るメジャートーナメント『桜華杯』の決勝にふさわしいカードとなっております」
いつになく静かに説いていく。
「片や、嵐の如く登場し、碧星杯の覇者まで登りつめたツインブレイカーズ! 片や、女王杯・虹優勝を足掛かりに流星杯まで制して今やトップチームと称して偽りなきフラワーダンス! とうとう、この両チームが激突します!」
まだ前段だというのにアリーナからの歓声。彼の煽り文句でスイッチが入ってしまっている。
「まずは南サイドから登場するはチーム『ツインブレイカーズ』! 赤と灰の戦慄が今姿を現します!」
視線が南側に集中する。
「先頭は『天使の仮面を持つ悪魔』! 『紅の破壊者』! 『震撼の剛拳』! ミュッセル・ブーゲンベルク選手ぅー!」
「ちったあマシな二つ名用意できんじゃねえか」
「わたくし、家族が外を歩けなくなるのが心配なのです!」
「人聞きの悪ぃこと言うんじゃねえ!」
オチに繋げるフリを用意してみる。赤毛の少年はまんまと乗ってくれるのでありがたい。
「乗機は、『血塗られた大鎚』! 『唸る灼炎』! ヴァン・ブレイズぅー!」
「わかった。もうツッコまねえ」
「次回作にご期待ください」
「てめぇはどこの連載作家だよ!」
ちゃんとツッコミは返ってくる。頭をひねった甲斐があるというもの。
「続いては『狼頭の貴公子』! 『ブレードの牙持つウルフガイ』! 『無双の神剣』! グレオヌス・アーフ選手ぅー!」
「はいはい、セットですもんね。増えるのも致し方ない」
「俺の所為にすんのかよ、グレイ!」
「釈然としないのは相棒だけの様子でーす!」
ちゃんと落とし所に持っていってくれる。戦闘だけに発揮されるわけではないアドリブ力に感謝する。
「乗機は『剣と拳! 『闘魂の化身』! レギ・ソウル!」
「おや、ひねりに乏しいですよ? そろそろネタ切れでしょうか」
「可哀想だから言ってやるな」
「三段目のオチにご期待ください!」
「だから、てめぇはどこの芸人だよ!」
貶すばかりもヘイトが溜まる。むしろ、ひねりの効いた笑いへと繋ぎたいところ。まるで打ち合わせたように決まるから不思議だ。これで観客も満足だろう。
「たった二人なのでコールが楽です!」
「仕事しろ、仕事」
「その二人が現在のクロスファイトを牽引しているのに改めて戦慄しますが」
少しアリーナを冷まさねばならない。メリハリも大事である。
「対して北サイドからは因縁の、そして驚きのクラスメイトたち!」
コールを一工夫していく。
「リードするはこの人、『二刀流』! ビビアン・ベラーネ選手ぅー! 今日もビームランチャーを携えての登場だぁー!」
「当然でしょ」
「リングを青春が駆け巡ります!」
「上手いこと言ったつもりなの!」
急がないと赤ストライプを始めとした白い機体が続々と入場してくる。俄然忙しくなった。
「そして『狭隘の魔手』にして『疾走するヒットマン』に改名したレイミン・ラーゼク選手ぅー!」
「別にしてない!」
「さらに『弾けるブレード』『最近ちょっとは考える猫娘』! ユーリィ・ユクル選手ぅー!」
「人を考えなしみたいに言うんじゃないにー!」
緑、黄色のストライプと続いて今度は青がやってくる。
「次なるは『三次元スナイパー』『一人だけ走らないトリガーガール』! サリエリ・スリーヴァ選手ぅー!」
「サボってるみたいに言うなぁー!」
「最後は『神出鬼没』『スティックハッピー』改め『ポールダンサー』! ウルジー・ウルムカ選手ぅー!」
「たまに踊ってるかも」
「肯定されたら困りますぅー!」
黒ストライプまで揃ってセンタースペースに到着したところでコールが終わる。タイミングは悪くない。
「以上が連れ……、もとい『花摘み乙女の集い』! チーム『フラワーダンス』!」
「今、連れ、まで言ったわよね? 言っちゃいけないこと言おうとしたわよね? あんた、これ、結構なところまでハイパーネットで中継されてんだからね!」
「ふぅ、危うく実況生命を奪われるところでした」
「人の所為にすんな!」
普段はこうはいかない。大概が片方、もしくは両方四天王チームだったりするのである。大手有名アームドスキンメーカーをバックに持つ選手をいじり倒すとクレームが来る場合もある。
ツインブレイカーズがプライベーターで、フラワーダンスが自由な気風のヘーゲルワークスチームなのでできること。観客に楽しんでもらえたようなので満足である。
(彼らは競技の人気も牽引してくれている。代えがたい存在だな)
フレディは水を口にしながら少年少女の会話の機を作った。
次回『桜華杯決勝(3)』 「というわけで質問です」




