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ゼムナ戦記 クリムゾンストーム  作者: 八波草三郎
念願のリングへ

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友情と恋情(3)

「リクモン流奥義『絶風(ぜっぷう)』」

「く!」

 グレオヌスが一歩引く。


(え、いきなり?)

 エナミはミュッセルがなにをしようとしているか理解できない。


 真紅のフィットスキンの肩から先が彼女にも見えなくなってしまう。対する狼頭は本気なのか牙を剥きだしにして豪速で模擬剣(ウレタンスティック)を振るいはじめた。

 風を切る音だけがブーゲンベルクリペアのメンテナンススペースに流れる。否、二人の間で「パパパパパ!」と衝突音が響いていた。ミュッセルの放つ瞬速の拳をグレオヌスが撃ち落としている。


(これはもう達人の域の戦い)

 彼女の手も目も届くところではない。


「わ、わ、わ!」

「あきらめて、クリオ。普通の人には見えないから」


 三十秒は続いた衝突音が途切れる。その頃にはさすがの二人も肩で息をしていた。構えのまま静止すると合図を交わしてもいないのに同時に解く。互いの顔が笑みに変わって拳を合わせるとテーブルのほうにやってきた。


「キョトンとした顔してんじゃねえ。忘れんなよ」

「う、うん?」


 わからないまま返事をする。そのままミュッセルは弟の連続した質問に捕まっていた。


(なんだったのかな?)


 エナミは理解できないまま微笑む少年の横顔を見つめていた。


   ◇      ◇      ◇


 姉弟が到着したオートキャブに乗り込む。車内から手を振るクリオに手を振り返し、見送ったミュッセルはそのまま眺めていた。


「道路で呆けていると轢かれますよ?」

 マシュリに指摘される。

「轢かれるかよ。逆に弾き飛ばしてやんぜ」

「車に喧嘩を売るとは豪気ですね」

「勝負はやってみなきゃわかんねえだろ」


 馬鹿話をしつつブーゲンベルクリペアの庫内に戻る。まだ頭がどこかに持っていかれているような気分だ。


「なあ、マシュリ?」

 なんとなくメイド服の背中に問う。

「なんです?」

「これ、なんだ? ビビたちと話してっと、こう熱くなるもんがあんのに、エナだけは一緒にいるだけで落ち着くんだよな」

「テンポが違うので精神安定効果があるのかもしれませんね」

 確かに友人の中では異なるタイプである。

「そっか」

「その気持ときちんと向き合うのをお勧めいたしますよ」

「ん? これって結構大事なのか?」

 マシュリは「知りません」と答える。

「なんだよ。教えろよ」

「自分で答えを出しなさい」

「ケチ臭えな」

 すげなくあしらわれる。


 ミュッセルは頭を掻きながら彼女の後ろについていった。


   ◇      ◇      ◇


 ビビアンはもうあとがないと思っている。


 例の告白劇は覚悟のうえなのでともかく、そのあとはすぐラヴィアーナ主任からの連絡でマッスルスリング発表会の準備に入っている。ドタバタの中で発表会の騒ぎ。そして、大事を取って親友は昨日の練習を休んでいる。


(エナとちゃんと話せてない)

 すでに切羽詰まった状況。


 エナミもミュッセルが好きなのは知っている。察してもいたし、本人からも聞いている。自身も好意があるのは教えてあった。

 それなのに弁明の機会もないまま告白のあと時間が経ってしまっている。ビビアンだけ一方的なことをしてエナミと相談していない。このままでは友情が壊れてしまう。


(どちらが大事かって言われたら、やっぱり自分の気持ちのほうが大事。でも、卑怯なやり方な気がする)

 そうでもしないとミュッセルにはわからないと思ったうえでのこと。

(週末の決勝までにどうにかしないと、こんな中途半端な気持ちのままじゃまともに戦えない)


 サリエリたちは静観している。わざとその話題に触れないようにしていた。チーム内にもおかしな空気が蔓延するのは本意ではない。


「お昼に時間取れる、エナ? 二人で話したい」

 意を決して告げる。

「うん」

「大切なことだから」

「わかってる」


 授業の合間に約束を取り付けて二人だけになれる場所で会った。なんの話なのかはエナミも察しているはずなのに、微笑みさえ浮かべて彼女の前に立つ。肩口までの金髪を指で弄んでいるあたりに内心の緊張は表れている。


(わかってくれていても、ちゃんと自分の口から言わないと)


 そうは思っているのに唇はなかなか動いてくれない。それどころか、覚悟を示すかのように澄んだ緑の瞳を見ているとビビアンは涙が滲んできた。


(許してくれる気なんだ。それなのに、あたしは事前に断りもせずに抜け駆けして。挙げ句に一人で苦しんで。なんて馬鹿)


 もう我慢ができなかった。涙は止めどもなく流れてきてエナミの顔が見られなくなる。それどころか俯いて嗚咽さえ上がってきた。


(恥ずかしい)

 路面に垂れる雫の跡だけ増えていく。


「ごめんなさい。私のほうが後入りなのにね」


 そう告げられると、ふわりと抱きしめられた。エナミの肩に涙が滲みていく。そこで決壊してしまった。


「ごめん、ごめん。あたし……、ごめん」

「いいの。なにかきっかけないとね。だってミュウだもの」

「そうだけど! でも! 対等じゃなきゃいけなかった。こんなんじゃ嫌われちゃう」


(ミュウが一番嫌がるやり方だもん。知ってて裏切るなんて)


「後悔してる?」

「…………!」

「どう?」


 問われたビビアンは、絶対にきちんと答えないといけないと思って顔を上げた。

次回『友情と恋情(4)』 「先に謝っておくね」

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― 新着の感想 ―
[一言] 恋愛関係にはとことん鈍感さんのミュウくんがついに!何かに気付き始めている……! となると、ビビちゃんとのことも気になるところですが…………←ミュウくんが負けるとは思ってないですけど、万が一が…
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