夜を抜けて(1)
ヘーゲルの会見そのものは円満に終了を迎える。呼び寄せたスポーツ系や技術系の記者はマナーを守ってくれた。しかし、それでは終わらない。
「こりゃ駄目だな」
「ええ、敷地の外では自制を促すしかできませんわ。排除するのは無理です」
ラヴィアーナも否定的だ。
(私のことで迷惑を掛けてしまって)
エナミは後悔に暮れていた。
(こんなことなら早めに身分を明かして対策しておくべきだった)
あのゴシップ記者が集めたと思われる仲間がメインゲートの外で張っている。企業秘密管理上、敷地への出入り口は限られる。他のゲートはもっと管理人員が少なく危険だ。
「囲まれると厄介だ」
「警備の者に無理をさせて万一があればスキャンダルになってしまいます」
「企業イメージもあるしな。逆に奴らは狙ってきかねねえ」
今もゲートは少し騒々しい。帰社する記者が彼らに気づいて解散させようとしてくれている。しかし、食らいついたら放さない相手はあきらめたりせず、軽い揉み合いになっている様子だった。
「今のうちに抜けちゃう?」
「馬鹿。あれに巻き込まれたらただじゃすまねえぜ」
見込みの甘いビビアンが窘められている。
メンバーはユーリィを除いてスツールリフトで来ている。軽量な車体で大勢に囲まれれば、まず振り切れない。
「お祖母様に相談してみます」
エナミは意を決する。
幸い、ユナミとは簡単に繋がった。通信パネルの祖母に頭を下げる。
「夜分すみません、お祖母様。少し困ったことになってしまって」
祖母は苦い笑みを見せる。
「観ていましたよ。どこからか嗅ぎつけた輩が混じっていたようね」
「ごめんなさい、ガード甘くて。対応お願いできますか?」
「なんとかします。でも、すぐというわけにはいかなくてよ」
問題行動でも、すぐに検挙というほどの罪ではないという。
「ですよね」
「失礼します、ネストレル局長。申し訳ございません。お預かりしている大切なお嬢さまですのに、当社のチェックが甘くこんな事態に」
「仕方ありません。多かれ少なかれ起こってしまうことです」
ラヴィアーナが詫びるも祖母は穏当に応じる。長くその地位にあり、自身の立場を完璧に把握している人ならではといえよう。
「よろしければ、今夜は当社でお預かりしても?」
ラヴィアーナが提案する。
「そのほうがいいかしら」
「チームの主役でもない私がそんなご迷惑を掛けるのは……」
「いいえ、あなたも等しく大切なメンバーですのよ」
主任の言葉に胸が熱くなる。
「こうなったら、あたしたちで周り囲んでガードすれば? もう少し落ち着いてから抜けちゃおう」
「難しいですわ。そもそも皆を帰すのも考えものだと思っています。全員泊めるのが最善でしょう」
ラヴィアーナは安全策を執るつもりらしい。ジアーノに至っては部屋を手配しようとしている。
「お泊り会かぁ。悪くないかも。乗っちゃう?」
「ここなら広いから騒いでも怒られなさそうだし」
レイミンも悪ノリで空気を変えようとする。
「待て。俺に任せろ」
「ミュウ?」
「これ以上面倒掛けんのが気兼ねなんだろ?」
少年に問われ頷く。
「だったら帰りゃいい。俺が送ってやっから」
「いくらミュウの大型リフトバイクでもエナのスツールリフトはガードできないんじゃ……。あ、乗せて帰るの?」
「そうだ、サリ。それなら突っ切るのは簡単だろ?」
サリエリが途中で気づく。確かにミュッセルのフルカスタマイズした大型リフトバイクなら話は違う。
「俺に考えがある。それなら全員家に帰れるぜ」
「ほんとかにー?」
「任せろって、リィ」
ミュッセルが胸を叩いた。
◇ ◇ ◇
時は流れてメインゲートは落ち着いた頃合い。ミュッセルは赤いフィットスキンにブルゾン、エナミはヘーゲルの社服のままリアシートに収まっていた。
「いいぞ。マシュリ、外の目を潰せ」
「承りました」
記者たちが追跡用に飛ばしている小型カメラドローンを無力化する。急に落ちて転がったドローンに記者たちは動揺していた。
「よし、行くぜ。ちゃんと掴まってろよ」
「うん」
エナミはたくましく感じられる背中にしがみつく。ブルゾン越しでも温かさが伝わってくるような気がした。彼の気遣いがそう意識させるのだろうか。
「なんか来たぞ! げ、リフトバイク。紅の破壊者だ」
「雁首揃えてんじゃねえぜ」
「後ろに社服の女の子。ターゲットだ!」
気づかれた頃には抜けている。記者たちは一斉に彼を追いかけようとそれぞれの乗り物に走った。
「釣れた。様子見て出てこい」
ビビアンたちも待機している。
「ちゃんとエナを送りなさいよ!」
「ったりめぇだ。母親に引き渡すまでが俺の任務だっつーの」
「自分ん家に連れ込んだら大問題ぃ」
「茶化すな、ミン」
社服のままなのは作戦だった。邪魔者を引き寄せて他のメンバーが帰れるようにするための。
(優しい)
ミュッセルの気遣いが身に沁みる。
夜といえど晩春の空気はもう暖かさを感じるほど。世界で一番頼りになる背中にもたれていれば他になにも要らないと思えるほど心地よい。
(渡したくない。ビビが大切な親友でも黙って見てるのなんて嫌。ああ、恋ってキラキラして透き通ってて素敵なものだって思ってた)
触れてきた物語にはそう描かれている。
(フラワーダンスが負ければいいとまで思ってしまう。私の恋はこんなにも生臭い)
エナミは心苦しくて涙がこぼれそうだった。
次回『夜を抜けて(2)』 「エナはエナのままでいたいんだろ?」




