発表会見にて(3)
「見てくださいよ」
記者は自身の端末から大きめの投影パネルを作る。
「これは星間歴1451年、二年前ですね。現内務部長セッタム・ネストレル氏が家族と休暇に向かわれるところです。こちらの娘さんはエナミさん、あなたですよね?」
遠方から撮影された画像に見える。盗撮に近いものだと思って間違いない。
「法的に問題あるのではありませんか? そもそもマナーとして大問題ですけど」
ラヴィアーナは記者を止めようと足掻く。
「おっと、これを撮ったのがオレだとは言ってませんし、情報源は明かせませんがね」
「会見の趣旨に反する質問しかなされないのでしたら退場願いますよ?」
「おやおや、天下のヘーゲルさんともあろう大企業が言論弾圧ですか? これは炎上案件ですなぁ」
揚げ足を取ってくる。
明らかにゴシップ記者の手口である。しかし、一介のエンジニアであるラヴィアーナに彼の詭弁を論破する話術はない。
「お前、面白えこと言ってくれんじゃねえか」
ミュッセルが気色ばむ。
「エナが局長の孫だったらマッスルスリングの開発者が俺じゃねえ証拠になんのかよ?」
「直接的じゃありませんな」
「だろうが」
簡単には引かない。
「ですが、気になりませんかい、皆さん? エナミさんが局長の差し金だったらどうなります?」
「いい加減なことを……」
「オレは危惧してるんですよ。星間管理局はアームドスキン開発に妙に熱心じゃありませんか。もちろん治安維持上必要なのは本当でしょうが、技術の偏り、もっといえば技術独占をすることで星間銀河圏の支配を目論んでいるんじゃないかと」
暴論であるが、都市伝説のように噂される話ではある。星間管理局は人類統制を強めるために技術独占を図っていると。
現代では一国の興亡を左右しかねない技術格差。それを人質にすれば加盟国は星間管理局に逆らえなくなる。昔から細々としてではあるが脈々と受け継がれている陰謀論だった。
「ユナミ・ネストレル局長はマッスルスリング技術を一部にしか提供しないで武力統制をしようとしてる」
さも真実であるかのように語る。
「それを知られたくはないがために、そこの少年をダシにして技術拡散を抑制しようとした。もっとそれっぽい人物を準備するべきだと思いますが、お孫さんとバランスを取るためにミュッセル君を据えたんですかねぇ?」
「しょーもねえな」
「おやおや、君みたいな子供が星間銀河圏をひっくり返すような発明をしたっていうより説得力のある推理だと思わないかい?」
自信満々で言う。
「いいぜ」
「認めるかい?」
「んじゃ、俺が開発者じゃねえ証拠を出せ」
ミュッセルは堂々と受けて立つ構え。防壁になってくれるつもりのようだ。
(でも、それは……)
ラヴィアーナでもひっくり返せそうな要求である。
「そんなのは悪魔の証明。不可能だ」
予想どおり記者もニヤリと笑って嘯く。
「登録名がそうなってるとか言うのは無しだ。そんなのは管理局本部なら幾らでも改竄できる」
「違えよ。ここには役者が揃ってんじゃねえか」
「なんだって?」
赤毛の少年は腕を広げて会場を示す。
「お前以外でもいいぜ。質問しろ。全部答えてやる。もし、マッスルスリングに関して答えられないようなことがあったら俺が開発者じゃねえことになんだろ? 筋は通ってねえか?」
「う……」
「なんだよ。早く訊けよ。隣の技術屋にご教授賜ってもいいぜ」
急かすと記者は顔色を変える。知識をまったく持ち合わせてないのだろう。
「じゃあ、教えてくれ、ミュウ選手」
一人の技術記者が挙手する。
「生産が遅れているとの話だったが、技術的に難しいものなんだろうか? 大企業の設備でさえ間に合わないほどの問題が?」
「そいつは生産工程の問題だ。マッスルスリングは特殊組成の繊維束なんだがな、作るのが手間でよ。組成分子を溶液にぶち込んで水流撹拌、洗濯機みてえなもんでグルグル回してやって結合させながら帯状にすんだ。それに時間が掛かってな」
「では如何に高性能でも普及に問題があると?」
現実的な指摘を受ける。
「俺個人の設備じゃそれ以外に方法がなかっただけ。ヘーゲルだったらベースがあっから、そのうち生産技術が向上するじゃん。それか、もっと効率の良い生産法を開発するだろ。そっからは早い」
「確かにそうかもしれない。ありがとう」
「次寄越せ」
ミュッセルは次々と寄せられる質問に明確な答えを返していく。特許権を有する彼だからこそ、組成や結合法の非常に専門的な内容まで全て網羅して話していった。
「妙に静かになっちまったじゃん。早く俺を論破しててめぇの推理を証明してみせろよ?」
件の記者に迫る。
「ぐ……」
「つまんねえ男だな。くだらねえデッチ上げで女の子攻め立てて楽しいのかよ? てめぇみてえな奴がジャーナリスト気取ってでかい顔してるとか笑わせんぜ」
「この……。恥かかせてくれたな?」
最後の抵抗を試みている。
「おう、好きに書けよ。俺はひとっつも堪えねえからよ」
「…………」
「なんだったら、今この場で局長さんに事実確認してみっか? なんせ直属の治安協力官でもあっからな。繋がりはエナと変わんねえくらいだぜ」
記者は下唇を噛んで立ちあがる。少年が顎で出口を示すと椅子を蹴り倒さんばかりの勢いで出ていった。二度と彼らには絡んでこないだろう。
(お見事ですわね。なんて子なのかしら)
ラヴィアーナはミュッセルの度胸に感服した。
次回『夜を抜けて(1)』 「待て。俺に任せろ」




