桜華杯準決勝(4)
「させっかよ!」
ミュッセルが吠える。
「連携できんのはお前らだけじゃねえぞ。相棒の目は俺の目で、俺の目は相棒も見えてんだぜ?」
スライディング姿勢のレギ・ソウルに追い打ちしようとしたメンメのカシナトルドの横っ面に足刀が刺さる。ジェリコのブレードを脇に抱え込んだままの蹴撃だった。
「嘗めた真似をー!」
「うおっ!」
ジェリコ機はヴァン・ブレイズを力任せに振りまわす。考えなしの行動ではない。振りまわした先が彼オレガノの目の前だからだ。
「たいちょー!」
「そのままだ」
両腕を自ら封じた姿勢の真紅のボディ。烈光の如く走るブレードは背中を襲い、避けようもない。確実に接触判定を奪えるタイミングだった。
「くおぁ!」
「馬鹿な!」
ヴァン・ブレイズは抱えたジェリコ機の腕を支えに逆上がりをしている。目標を失った斬撃は空を斬った。
そして、一回転したミュッセルが逆落としの蹴撃を放つ。オレガノは歯を食いしばって、ギリギリで頭部が蹴り砕かれるのを避けた。肩口に落ちた踵がカシナトルドを蹴り潰す。
「くっは!」
「くそが。抜けた一発じゃ効きやしねえ」
ヴァン・ブレイズは間合いを外す。同時に三機の包囲を抜け、ステップバックしたレギ・ソウルを受け止めている。
「厄介なパワーだぜ」
「ああ、どうにも詰めきれない」
「でもな、見えたぜ」
不穏なことを言う
「焦ってやがる。節々に無理があんだろ」
「確かに」
「理由もなんとなくな」
オレガノはあえて追撃は避けた。下手にペースを奪われたくないのもある。それ以上に機体の状態を確認したかった。
(まだ問題ない)
表示はまだイエローにも達していない。
「どこだ? あれか」
ミュッセルが目標を見つけた。
「おい、それはルール違反だ」
「違えよ」
視線の先にピースウォリアーズの索敵ドローン。撃墜するのはルールに反する。
「ちょっと話してえだけだって」
仕草からしてレーザー回線を繋げている。
「シータだっけか、カシナトルドを造った姉ちゃん?」
「ん? うち?」
「ネタばらしといこうじゃねえか」
少年に合わせる義理はない。だが、負荷を掛けた駆動機を冷却する時間はそれ以上に貴重だ。
「イオノインカの欠点はトルク駆動機がねえことだった。その所為で見過ごせねえパワームラができてたな」
付け入る隙になったという。
「カシナトルドにはそれがねえ。つまりだ。トルク駆動機が搭載されてる。イオン駆動のな」
「御名答」
「そのお陰でスムースに動いてる。見事なもんだ」
ミュッセルは見抜いていた。
「褒められて悪い気はしないけど」
「でもな、駆動にタイムラグはねえがバランス取るにはパワー不足だ。構造的限界か? 常温超伝導モーターと変わんねえ感触だ」
「敵わないわね。現状、『イオンディスク』の出力は限定してる」
エンジニアの常だろうか。それともカルメンシータの性分なのだろうか。素直に応じていた。
「ディスクか。なるほどな」
驚いたことに理解を示す。
「まさか、わかると言うのか?」
「ざっくりだがよ。対イオンを並列配置して反発力を回転力に変えてんな。基本理論はモーターと変わりねえ」
「それで?」
カルメンシータは続きを促す。
「電位吸着じゃねえな。そんなんすぐ崩れる。固着させてんだ。どうやってかはわかんねえがよ」
「そこは企業秘密よ」
「でも、それで限界だ。一平面上に強引に隣り合わせんのは無理がくる。一定以上の反発力を生むエネルギーを注ぎ込んだらイオンセパレータが崩壊する。電位的におかしくなっちまうだろ?」
沈黙が訪れる。そう長くは続かず、忍び笑いがもれてきた。オレガノは彼女のそんな笑い方を初めて聞く。
「お見事ね。なんで?」
カルメンシータは愉快そうに言う。
「考えたことあっからだよ。手間暇掛かるわりに結果が出ねえ。個人の設備に収まりそうもねえ。放りだした」
「あら、うちのほうが辛抱強かったのね。で、全く別の方法を選んだのがそれ?」
「おうよ。イケてんだろ」
自慢げに親指を立てている。
「教えてくれない?」
「企業秘密だ」
「ケチ」
彼らのエンジニアが鼻を鳴らすと、ミュッセルは「そのうちわかる」と返している。オレガノの理解は超えたが通じ合うものがあるらしい。
「話の続きだ」
ミュッセルが引き取る。
「構造的に無理があるが、ある程度はもつんだろ? 今の状態がそれだ」
「意地悪なのねぇ」
「いいから聞けって」
少年は続ける。
「つまりは長引けば長引くほど俺たちには有利になる。出力はどんどん落ちていくからよ」
「お前は……!」
「だから一気に勝負つけようぜ。どっちの最高出力が上かをな」
勝ち筋を知りながら捨てるという。潔い姿勢に非難するのをやめた。
「ディスクそのものをイオン積層形成しろよ。それで解決する」
カルメンシータが息を呑んでいる。
「それは……」
「製造方法は知らねえ。お前の知恵袋に訊いてみな。力貸してくれるはずだぜ」
「それくらいにしといてくれる? ちょっと踏み込みすぎよ、君」
口調に反して声は弾んでいる。
「お礼に全力のまま応じてあげる。オレガノ、壊してもいいから好きになさい」
「了解です、レイディ。悔いのなきようさせていただきます」
「さあ、おっぱじめっか!」
拳を固めて走りはじめたヴァン・ブレイズにオレガノはブレードの一閃で応じた。
次回『桜華杯準決勝(5)』 「なんという狡猾な」




