桜華杯準決勝(3)
ヴァン・ブレイズに立ちあがる暇を与えずジェリコが逆手のブレードを落とす。躱されるのを加味して何度も何度も突きおろす。それもイオンスリーブ搭載のカシナトルドのパワーでだ。
「この!」
「甘いぜ?」
ところが真紅のアームドスキンは驚愕の妙技を披露していた。両脚を用いて突きおろす手首をことごとく蹴り弾いている。腕よりリーチの長い脚での受け。全ての突きおろしが不発に終わっていた。
「リングはサーカスか!」
「面白えだろ?」
見ものではあるが自由にさせておく義理はない。オレガノもすぐさま駆け寄り、ヴァン・ブレイズ目掛けて斬撃を放つ。
「おっと、客が増えたか」
「遊びか、お前には」
「いーや、本気の試合だぜ?」
転がって避けたかと思えば、数回転したところで腕を地につけてスピンしつつ跳ねる。ジャイロ効果で斜めに逆立ちしたような姿勢。
「おい、嘘だろ?」
「冗談でもなんでもねえ」
突きおろしは蹴りのけられる。そして残った脚はカウンターでジェリコ機の胸へ。何気ない蹴りに見えたがカシナトルドは吹き飛んでいた。
「たまにはいいだろ? 腕から足に芯を通した一発だ」
「あ……ぐ……」
ジェリコは倒れたまま立ちあがれない。呼吸困難に陥っている様子。
腕の力で跳ねあがったヴァン・ブレイズは立ちあがっている。オレガノは一対一で仕掛けないといけないかと思ったがフューイが復活してきていた。ミュッセルはトントンとステップバックして間合いを外していた。
「さすが正規隊員。なかなかだね?」
「まあな。打ち負けやしねえが奥義を挟む隙間はくれねえときた」
レギ・ソウルも合流している。
オレガノは隊員にフォーメーションの立て直しを指示した。
◇ ◇ ◇
カルメンシータ・トルタは絶句して手で顔を覆い、天を仰いでいる。思わず吐息がもれた。
(なんて性能? イオン駆動搭載機としては現状最高にバランスが取れているはずのカシナトルド五機を弄ぶ? いったいどういう構造をしているんだか)
それだけではないと彼女もわかっている。少年二人のパイロットスキルが卓越しているのだ。そうでなければ今の曲芸じみた格闘戦などできるはずもない。
(オレガノは十分にプロフェッショナル。激昂して隙を見せるなんて間抜けはしないでしょう)
そこは信じている。
(それでも、よくて五分。戦術とパイロットスキルの勝負になりそう。こっちの手札のほうが多くないと勝ちは拾えそうにないわね)
底無しの強さを示す存在がいるのは知っている。それをサポートする彼らがいることも。これまでの経験全てを注ぎ込んだアームドスキンであれば対抗できると思ったのは甘かったのだろうか。
(うちがあきらめたりすれば彼らが可哀想よね)
カルメンシータは「ブースト」と銘打ったアイコンをタップした。
◇ ◇ ◇
「ブーストを発動したわよ」
オレガノはカルメンシータの声に瞠目する。
「レイディ、それは……」
「不確定要素だらけだからタイムカウントもできない。どこまで動いてくれるかわからないけどカシナトルドはしばらく全力で動けます。その間に」
「御心のままに」
歓喜が口調に表れないよう抑え込むのに苦労する。オレガノの信奉者はちゃんと彼の気持ちを汲んでくれていたのだ。本来の力で戦って勝ちたいと。
「聞いたな? 総員、勝利を手に」
一斉に走りだす。スピードも、そこに秘められたパワーもこれまでの比ではない。時間の限られた諸刃の剣が発動した。
「しっ!」
「悪いけど本気出すから。手加減してあげてたの!」
ヴァン・ブレイズは弾こうとしたフューイの斬撃が今までと質が違うのに気づいただろう。こちらの弱点には気づかせないようブラフを交えている。
「そんなわけねえ」
「大人の配慮を否定するもんじゃないでしょ?」
「んじゃ、これまでの体たらくはなんだ? ずいぶんといい声で鳴いてやがったじゃん」
情けない悲鳴を指摘される。挑発とわかっていても胸をよぎる恥辱は易々と拭えない。女性隊員の顔色が変わる。
「カシナトルドのパワーと実戦でブラッシュアップされたフォーメーションを味わいなさい!」
「おうよ。味わい尽くしてやっから食わせろ!」
五機が一斉に動く。ツインブレイカーズも走ってくる。今度は若干左右にズレて同時攻撃も可能な構え。
(指示するまでもない)
オレガノは特に命じなかった。
(これまでの蓄積が自然な連携を生む。アドリブで発揮される力こそが彼らに通用するはずだ)
先頭に立ったキュロスが二人の連携を断つ渾身の突きを放つ。ヴァン・ブレイズは避けもせず、手首を取ると巻き込んで間合いに入った。低い姿勢で引きつつ肘を飛ばす。彼女は半身で直撃を避けて抜ける。
そこには時間差で駆け込んだフューイの斬撃を受けているレギ・ソウル。ブーストの掛かった剣閃は容易に弾くことも適わない。斬り結んだ僚機の後ろから切っ先を立てる。絶妙なタイミングで避けた隙間に差し込んだ。
「どうよー!」
「見えてますよ」
「なぁっ!」
カウンターで伸びてきたのはリーチの長い脚。フューイに押し込ませるままに機体を寝かせたグレオヌスが半ば倒れ込みつつ放った蹴りだ。
「ふぎゃ!」
上半身が跳ねる。
(しかし、崩れた体勢でメンメの間合いだ)
絶好機である。
ところがオレガノの視界で赤い閃光が走った。
次回『桜華杯準決勝(4)』 「ネタばらしといこうじゃねえか」




