ミュウ入門(2)
「師範、素手でビーム弾き飛ばせる?」
「お前、儂をなんだと思っておる」
そんな会話をするほど悩んでいたミュッセルを工場まで訪ねてきたのは、とんでもない美女だった。メイド服に身を包み、腰まである銀髪に冷たい銀眼で少年を見下ろしてくる。
「お手伝いにまいりました。わたくしを雇ってください」
わけがわからない。
「そういってもな、お前、なんだ?」
「あなたの悩みを解決してさしあげます」
「どうやって? そもそもな……」
彼の前に投影パネルが表示される。そこにはとある設計図が描かれていた。求めていたものに合致する。
「ヴァリアントのガントレットにこの『ブレードスキン』を搭載します。パワーラインが必要なので改造しなければなりませ……」
「おい、待て待て!」
制止する。
「なにか?」
「なにかじゃねえ。誰が雇うって言った?」
「あなたはわたくしが必要なはずです」
ぐうの音も出ない。彼女の言っていることは事実以外のなんでもない。しかし、ミュッセルがどうこうしていい問題ではないと思う。
「親父ぃ?」
「勝手にしろ。そいつはお前に雇ってほしいと言ってる。部屋は好きに使え」
突き放された。喉から手が出るほど彼女が欲しい。しかし個人パイロットの彼がメーカー契約パイロットのようにエンジニアを引き連れるのは少し違う気がする。が、背に腹は代えられない。
「名前は?」
「マシュリと申します」
あくまで丁寧である。
「月いくら欲しい?」
「成功報酬でかまいません。賞金の10%をいただきます」
「わかった」
「では、この契約書を」
波はあるが、年間でいくと結構な額になる。アームドスキン一機を組むにはそれくらい必要だった。相場は知らないが、エンジニアの報酬としては悪くないのではないかと思う。
マシュリは黙々と働く。ダナスルの仕事を手伝って母チュニセルの信頼を得る。それで自分の食費は確保した。ヴァリアントの改造も進み、ブレードスキンも搭載する。
「ガントレットという案は申し分ありません。この構造ではそれ以外に手段はないでしょう」
講評される。
「ですが、ご自分の戦闘技術を鑑みて将来性を問うと疑問符です」
「言うなよ。わかってんだよ。でもな、俺の知識じゃこれが限界だったんだ」
「わたくしが補います。あなたは自身を高めることに注力してください」
その頃からの勝率は見違えるようだった。リフレクタで押し込むしかない場面をブレードスキンで打ち破る。防御に正確な動作が要求されるも、反動制御が易しいブレードスキンは次の動作に繋げるのが簡単なのだ。
砲撃手タイプの攻撃をブレードスキンで弾きながら進む。薄い金色で覆われた方形のガントレットの表面で紫の波紋が踊っている。
「馬鹿なぁ!」
「馬鹿でもなんでもねえよ。現実を受け入れろ」
「やめろ!」
ヴァリアントが容赦なく腰だめにした拳を振り抜けばアームドスキンの頭部は粉砕された。この頃の機体はメーカーサイドもレンタル機も脆い。正拳の攻撃に耐えられないのだ。
頭を潰して逃げられなくし、上半身を引き下ろしてからの胸への膝蹴りでパイロットはバイタルロスト。撃墜判定の常套手段だった。この頃から『紅の破壊者』とも呼ばれることとなる。
星間宇宙暦1450年、二年目の第三シーズンでミュッセルはポイントを重ねてAAクラスに上がっている。オーバーエースクラスのトーナメントでも優勝できるほどになっていた。
マークも厳しくなり、対策も打たれるようになってもものともしない。格闘士スタイルの代表格としてソロの上位に名前を挙げられるようになる。
「俺が本気のとこが見たいんだとよ」
「い、いや、だからって……」
マシュリに頼まれて道場に連れていったこともあった。師範代のヒューが顔を真赤にして汗だらけで応対する。
「お邪魔はいたしません。見学するだけです。ヴァリアントの調整に戦っているところを直接見たいのです」
「そうでありますか」
メイド服の彼女の声はいつもどおり平板なのだがヒューは情けなく裏返っている。
「どうして!」
「つったってよー、俺が本気出せる相手なんてここにしかいねえじゃん」
「せめて前もって言え!」
師範代は使い物にならず、他の上級者何人かと流すだけになってしまう。それでもマシュリは満足した様子で師範と歓談していた。
お陰かどうかヴァリアントの調整も進み、第四シーズン半ばでリミテッドクラスへと昇進した。このあたりから負けを知らない。
ミュッセルはクロスファイトで有名人気選手となっていた。
◇ ◇ ◇
「ってなとこか」
「紆余曲折というか波乱万丈というかだね」
「そうか? 俺的には順風満帆って感じだぜ? 運も味方してくれたって思ってる」
(確かに。マシュリはおそらく道場のカメラを覗いてたんだな。そこでミュウの動きに気づいたんだ)
道場にも怪我人が出たときに自動通報する安全管理用カメラが付いていたのは確認している。
「っし、着いたぜ。あー、腹減った。早く来いよ、グレイ」
「だね。面白い経験もできたし、トーナメントの残りにも張りが出る」
足早に進むミュッセルをグレオヌスは大股で追った。
次回『紅の挑戦権(1)』 「気合い入れていけよ?」




