リングの掟
日を改めてオネアス・ピオンはミュッセルの病室を訪ねる。そこには本人の他に狼頭の少年、初めて見る少女、先日の美女の三人がいる。
美女の顔に感情の色はないが、グレオヌスには射殺さんばかりの鋭い目で見られている。ベッド脇に座る金髪で緑の瞳の少女には恨みがましい目で睨まれた。
「おう、見事に凹んでんな」
唯一、朗らかに声を掛けてきたのは赤毛の少年本人だった。
事故から三日、オネアスはろくに眠れない日々を送っている。鏡を見れば別人かと思うような顔に出会う。頬はこけ、まともな顔色ではない。
「悪ぃがσ・ルーンカメラがないと見えねえ」
輪環状のギアを装着している。
「目玉が煮えちまった」
「なんとお詫びすればいいか……」
「気にすんな。明日の処置が済んだら見えるようになる。現代医学嘗めんな」
目の周りは医療バンドで覆われている。顔のあちこちには火傷の跡が生々しく、再生ジェルが塗られている。
「ちゃんと週末の六回戦には間に合う。問題ねえ」
胸を叩く。
「大丈夫……なのか?」
「なにがだ?」
「そんな怪我を……。僕がさせてしまったから」
リングに恐怖感を抱くようになってしまわないかと危惧する。しかし、そんな様子は欠片もなかった。
「だから、気にすんなって言ってんじゃん」
「しかし」
そうはいかない。
「選手登録んとき契約書にサインしたろ? そん中に『リング内での事故において刑事責任を問いません』ってのがあったはずだ」
「そうだったか」
「いいか?」
ミュッセルは前置きしてくる。
「アームドスキンは兵器だ。そいつを使って戦ってる。だからリングでもしなにかあって死んだとしても俺は仕方ねえと思ってる」
「そんな覚悟を?」
「ったりめぇだ。あんなでかい機体で戦闘するんだからよ」
少年は指でブレードを打ち合わせるようなジェスチャーをしている。その気楽さにほだされそうになる。
「お前の立場もわかってる。追い込まれてたんだろ?」
同情の色が混じる。
「勝たなきゃなんねえ。意識が飛んだのにも気づけねえ状態で覚醒して身体だけが反応した。そんなとこだ」
「弁明の余地もないが」
「運営にも謝罪された。今回みてえな事故がなかったもんだから咄嗟に機動停止できなかったってな。今度からは映像診断で自動停止できるよう改善するってよ。あんまり、そういうの増えるの困るんだがな」
アームドスキンに自動停止プログラムをインストールするのをミュッセルは好まないらしい。電子戦でそこを突かれて停止されたら終わりだからという。
なので、本格運用される軍事用機体には一切搭載されていない。インストールされているのはクロスファイトに登録されている機体のみだ。
「すまない」
申し訳ない気分になる。
「わかった。これでお終いにしようぜ。ただし、一個だけ聞いてくれ」
「なんでも」
「お前もエンジニアだから自分の作ったもんに自信を持ちたいのはわかる。俺もそうだ」
自身の胸を指差す。
「でも、完璧だとか最強だとか思うのはやめろ。常に疑え。どこか問題ねえか監視しろ」
「なぜ?」
「俺たちの作ったもんを使うのは実戦をやってるパイロットだ。なんの疑いもなく送りだした物に欠陥があったら命取りになる。それだけ忘れんな」
エンジニアの心得を説かれる。そのとおりだと思った。オネアスは自身の開発したイオンスリーブに酔っていたのだ。それが事故を起こした一因でもあった。
「心に刻む」
「だったらもういい。十分に社会的制裁は受けたんだろうからよ」
「ああ、クロスファイトからは永久追放だ。二度とリングには戻れない。この先はいちエンジニアとして生きるよ」
「そのほうが無難じゃん?」
ケラケラと笑う少年がうらやましい。そのくらいあっけらかんと生きていられたらどれだけ幸せだろうか。今でさえ影響され清められているかのようだ。
「次に話すときは思いっきし技術的なことにしようぜ」
「そうだな」
少年の差しだした手をオネアスは握った。
◇ ◇ ◇
「お元気?」
「お前、誰だ?」
カルメンシータ・トルタが病室を訪ねるとミュッセルは試合映像を観ていた。そこに映っているのはヘヴィーファングである。入院中も研究は欠かしていないらしい。
「うち、シータ」
「マチュアの関係者です」
銀髪美女に指摘される。
「そっち側か。んで、なんの用だ?」
「ちょっと様子見。無事かなぁって」
「見てのとおりだ。夕方には退院するぜ」
肩をすくめて「ゆっくりすれば?」と言う。
「そうはいかねえ。面白いもん見せてもらったからよ。そっちってことはメリル先輩と繋がってんだろ? カシナトルド、こいつがお前の札か」
「もう、敏いんだから。お姉さん、困っちゃう」
「お姉さんって歳じゃ……」
睨みつけると黙った。顔を伏せて笑っている赤毛の少年に告げる。
「君の札はなんなのかな。気になるわねぇ」
「企業秘密だ。楽しみにしてな」
「ほんと、悪い子。そうするわ。じゃあね」
さっさと退散する。ゼムナの遺志が同席していたのは誤算だったが、それ以上に本人の目敏さに舌を巻く。様子見は失敗に終わった。
(正面から当たるしかないのね。……ん? この方)
廊下ですれ違ったのは見知った女性であった。
(思惑が絡み合いすぎ。クロスファイトのリングってどうなってんのよ)
カルメンシータが会釈した相手は管理局本部局長だった。
次はエピソード『波乱の桜華杯』『異常事態(1)』 「迷惑極まりないのですが」




