ミュウ入門(1)
クロスファイトに選手登録したばかりの当時十二歳のミュッセル。彼は自分が見えているものの正体がわからなかった。
ただし意味はわかる。外見の所為でからかわれることの多かった少年は、一方的な侮蔑を良しとせず反撃に出る。そういう子供の喧嘩のときに便利だった。
のちに戦気眼というものだとマシュリに教えられるものの使い方を理解したミュッセルは使い道を模索する。使えるものは自己表現に使ってしまえという考え方。それが始まったばかりのクロスファイトにマッチすると思った。
ただし、相手の攻撃が見えて避けられるのというのと、戦って勝利するという事実の間には大きな壁があることを知る。ただの少年は殴る蹴るのやり方さえ知らない。
レンタル機を借りて参戦しても、壊されたり壊したりでどうも上手くいかない。ブレードやビームランチャーを使ってみたものの性に合わない。このままではアームドスキンを自分で作ってみたいという夢には足掻いても手が届かないと気づいた。
(なんとか資金を得なければ)
そんな一心で方法を模索する。父ダナスルはやりたいことがあるなら自身で稼げという方針。家業を手伝う選択肢はあるものの、それで得られる資金でアームドスキンに手を伸ばそうとしたら中年になってしまう。
どうにかクロスファイトで資金を得ようと考えるミュッセルは戦い方を教えてくれる相手を探していた。そんなときに街で見つけたのがリクモン流であったという。
外窓から聞こえてくる気合いの掛け声。踏鳴の音。指導の怒声。全てが少年には魅力的に思えた。
手伝いで得たお金にお小遣いを足して門戸を叩く。しかし相手はつれなかった。門前払いである。師範代の覇気に涙をこらえて耐えているだけでは許してもらえなかった。
(どうにかせねば)
リクモン流はミュッセルにとって理想の格闘技。じっと見ていると自分の小さな身体でも活路を見いだせると思える。あきらめきれず見つめる。
毎日通って窓から眺める日々が一ヶ月も続いた。必死で憶えて家に帰ってから反芻してみる。工場の空きスペースで汗だくになるまで拳を振るってみた。
「来なさい」
「いいの?」
師範と呼ばれている老人が手招きしてくれる。熱心に見学しているのを認めてくれたのだと言われた。喜び勇んで中に入るも、彼を囲む門人たちは体重で数倍はあろうかという相手ばかり。初日は板敷きの床をずっと転がってばかりだった。
「こうして、こう打つ」
「そっか!」
師範が手取り足取り教えてくれる。
「なんで教えてくれんの?」
「基本ができておるからだ。よく頑張っておるの?」
「毎日復習してたからな」
一ヶ月は無駄ではなかった。それどころか、自身の技術と信頼を築いていたのだと知る。それから半年近くは、放課後は道場に入り浸りの日々が続いた。
半年経って、消化試合数だけでビギナークラスを脱していたクロスファイトに再び挑戦してみた。そこでミュッセルは世界が変わっているのに気づく。
(止まってんじゃん)
それまで苦労していた剣士の動きが子供だましだとわかる。手先で捌いて打ち倒す。リクモン流の組手で勝利しようと思えば顎や鳩尾を狙うしかないのだが、アームドスキンではコクピットのある胸を狙えばいいのだとわかる。
砲撃手など敵ではない。射線は意識に浮かぶ金線を躱すだけでいい。時間は掛かるが地味に詰めていって一撃で沈める。ミュッセルは初めてアンダーノービスのトーナメントで優勝した。
賞金で部品を買い揃えはじめる。素材は家業柄安価で入手できた。手伝いもしながら製造機械でパーツを組みあげていく。その当時は星間管理局がオープンにしている設計図を元にアレンジした図面と首っ引きだった。
(全然足りねえ)
資金も実力もまだ求めるものに遠い。マッチゲームを拾ってポイントと賞金を得ても大したことはない。その頃は片っ端からトーナメントに参加していた。
勝ったり負けたりはあったものの、そこそこコンスタントに賞金を得られるようになる。パーツ製造が進み、ようやくヴァリアントが形になってきた。彼が夢見ていた自分のアームドスキンが手に入る。
「親父、これで対消滅炉を仕入れてくれ」
「おう」
自分では作れない部分を発注したときは感慨深かった。組み込んで初めて火入れをしたときなど感無量である。
外部接続のプラズマチューブを引き入れて動作確認はしていたが、実際に独立系で動作したときはどうしようもなく涙がこぼれた。
「おら! どうだぁー!」
ヴァリアントで初勝利をしたときはゴングが鳴ったあとも大暴れして指導を受けてしまった。その頃から『天使の仮面を持つ悪魔』と呼ばれるようになってしまう。
格闘士というタイプ上、一撃で仕留められるよう務めないといけない。そうでないとヴァリアントがダメージを受ける可能性もある。敵機を破壊することも多くなった。
(それだけじゃねえ。壁がある)
行き詰まりを感じている。
ミュッセルを訪ねてメイド服のエンジニアが現れたのはそんなときだった。
次回『ミュウ入門(2)』 「あなたはわたくしが必要なはずです」




