リクモン流(5)
グレオヌスは正確に胸の中心、最も避けにくい位置を狙って伸びてきた正拳にウレタンスティックの柄を当てる。体重の乗った一撃を斜め下に逸らした。
「不用意だ、師範代。グレイが本気の実戦だったら今のに肘を合わせて拳を砕かれてたぜ」
ミュッセルが指摘する。
「ぬ。小手調べなど礼を失したか」
「殺しにいくつもりくらいでねえと狼の餌だ。ま、冗談だがよ」
「では、改めて」
間合いを取り直した師範代のヒューに無言で切っ先を向ける。今度は慎重に間合いを計っているが、吹き付けてくる覇気は本物である。
(環境が限られてるから異種の技法に不慣れなのか)
あくまで自身の間合いで戦おうとしている。
そういう意味ではミュッセルのほうがはるかに実戦的であるようだった。クロスファイトでありとあらゆる相手と対してきただけはある。
だからといって嘗めて掛かっていい相手でもない。一技に専心して磨いてきた技法はときに安易なテクニックを微塵に砕いてしまう。
「はっ!」
「むん」
前蹴りはショートストロークの鋭さを極めたもの。踏み足を左に深く入れ、右の拳甲で横へ弾く。そのまま剣身を落として薙ぎ取ろうとするも脇をかすめたのみ。
「ダン!」
グレオヌスの踏鳴が全員の目を覚まさせる。右手一本の斬り返しをヒューは横っ飛びで躱した。
「これほどか」
「剣の間合いに入るときは首を掻かれるくらいのつもりでねえと終わんぜ?」
膝立ちの相手に追い打ちは掛けず正眼で向く。ここでの仕掛けは不意の反撃しか生まない。見切るまでは計るのが好手。
「うーむ」
今度は剣の間合いの外で唸っている。攻めあぐねている様子。慣れていなければ難しい局面だろう。
「しゃーねえな。一個貸しだぜ、師範代」
ミュッセルが笑い混じりに言う。
「下から行け。切っ先を下げさせろ。相手の得物が重さのあるもんなのを忘れんな。斬り上げはスピードが落ちる」
「ズルいよ、ミュウ」
「ハンデだハンデ。不慣れなんだからくれてやれよ」
一言で理解したようだ。足払いなどではない。それならグレオヌスのほうが長い間合いで払いに行ける。
地を這うようなスイングで蹴りが伸びあがってくる。振りは大きいが踏み込む余地はない。払いに行こうにも膝だけが飛んできている状態。
「く!」
膝を柄頭で叩き、伸びてくる膝下を左手で横に払った。右足を忍び込ませて半身を入れる。切っ先を跳ねさせて喉元に寸止めした。
「ぐぅ……」
ヒューは動けない。
「そこまで」
「参った」
「いえ」
師範が止めて相手も降参を認める。しかし、彼は喜ぶ気にはなれなかった。
「手ぇ使ったな、グレイ?」
「許してくれないのか、ミュウ」
「お前が剣士を謳うんならな」
この少年は技能に関して非常に厳しい。グレオヌスが剣士であることを貫きたいなら、今のでは負けだと言われたようなもの。
「剣の間合いは利点でも、体術の変化の多彩さでは劣ると認めるよ」
「だとよ、師範」
目で招かれた美少年が師範の前に座ると拳骨を落とされている。
「友への暴言を詫びよ」
「ってぇ! すまねえ、グレイ」
「いいよ。本当のこと。勉強になりました。ありがとうございます」
門人に礼をしてミュッセルの隣へ。師範は微笑みをもって迎えてくれる。深くお辞儀して言葉を待った。
「門下の無礼を許せ」
詫びから入る。
「これより出入りを自由とする。また訪ってくれようか?」
「ぜひに。この空気は僕も好むところですので」
「うむ」
感謝のお辞儀も忘れない。
「制限したくもなりますよね? リクモン流はあまりにも実戦的です」
「軽々に伝え広めるわけにもゆかぬ。見てのとおり、極めずとも無手で敵を屠ることもできる技である。人を選ぶ」
「お考えは正しいことと存じます」
彼も今日の攻防で見えた部分は一端でしかないと考えている。その気になれば一撃で内臓破壊も可能な技。当て所によっては殺害も容易であるのは想像に難くない。
「貴殿のそれも同じ。極めれば、その棒でさえ殺傷武器になろう」
グレオヌスは頷く。
「いかに振るかではなく、どう振るかを父より戒められております」
「同じじゃん」
「なにをもって振るかっていうとわかりやすいかな?」
首をかしげるミュッセルに噛み砕いて伝える。
「おー、それならわかる。この爺さんが口を酸っぱくして言うからよ」
「こら、師範をなんとするか」
「痛て!」
今度は後ろから師範代に叩かれる。門人たちは忍び笑いを隠しきれない。
「ともに学ぶものがあろう」
「まあな、こいつといると面白くなりそうだ」
「ああ、僕もそう思う」
拳を合わせるのを師範は穏やかに見守っている。敷居は高いが中に入れば暖かな場所のようだった。
「で、勝てるようになった要因はあの道場が大きいと見たんだけど?」
「間違いねえな。身体の使い方を教えてもらって勝てるようになった」
「ちゃんと苦労はしてたわけか」
「ったりめぇだ」
(人間、なんの努力もせずに強くなれるもんじゃない。いくら戦気眼という異能があろうとも、ね)
帰りのオートバスの中で思う。
「で?」
グレオヌスはミュッセルがリクモン流と出会った経緯を促した。
次回『ミュウ入門(1)』 「なんで教えてくれんの?」




