幕開けは突然に(3)
ヘーゲルのアームドスキン開発プロジェクトチームとしては、まずフラワーダンスのホライズンにマッスルスリングを搭載して実戦投入する。その効果のデータを十分に取ってから産業ベースの生産計画を練る方針だった。
(社としてはそこまで急がなくてもよかったのに)
ラヴィアーナも必要性は感じていなかった。
(でも、イオンスリーブが世に広まる前にマッスルスリング製造販売を公表したいという社の方針は理解できる。それに、ツインブレイカーズと新ホライズンで対戦したいという彼女たちの思いもわかるわ)
ビビアンたちはイーブンゲームがしたいというミュッセルの思いを汲みたかった。だからホライズンが万全な状態で彼らと対決したかったのだ。
しかし、世間はアームドスキンの新時代到来で湧いている。そこに乗らねばならないとヘーゲルの事情も理解してくれている。
(ワークスチームらしくなってきたのかしらね?)
彼女は他を知らない。
(でも、若いこの子たちには現実の荒波で角の取れた成長をしてほしくない。真っ直ぐに、ただ上を見て育ってほしい。それこそがアームドスキンに新時代を促すことに繋がると思うから)
エンジニアとしての我儘か、大人としての感慨か、どちらともいえない。それが正しいはずだと感じるだけ。
「ごめんなさい。でも、頑張ってくださいとしか……」
ビビアンは口ごもる。
「ミュウも自分なら慣れてるけど手伝うのまでは違うんじゃないかって言ってて」
「そうね。開発者だからこそ彼は手が早いでしょう。それに問題点を洗い出す目も持ってます。でも、ここでの苦労は今後の財産になります。うちの整備士も育てたいのですよ」
「あう! ごめんなさい」
今日の少女は謝ってばかり。
いかんせん情勢は厳しい。もし、序盤でフラワーダンスがイオンスリーブ搭載機と対戦すれば万が一のこともある。それだけは避けたくとも事情が許してくれない。
(大人の事情で彼女たちに苦い涙を流させたくはないのだけれど……)
ため息がもれる。
「ここだ! 全員整列!」
急に大勢の人が機体格納庫を訪れる。
「ノーズウッド役員?」
「騒がしくしてすまん。急ぎだから許せ」
「ですが、これは?」
ヘーゲル重役のグローハ・ノーズウッド役員はアームドスキン開発主幹でもある。その彼が大量の人間を連れてきた。
「車両開発部の整備士をかき集めてきた。ラヴィアーナ君、彼らを使って桜華杯までにフラワーダンスのホライズンを仕上げてくれたまえ」
とんでもない提案をしてくる。
「そんな。いきなり」
「残念ながら彼らはアームドスキンに関しては素人。ここの整備士にチームリーダーになってもらって作業を進めるのだ。君は全体の工程管理と確認作業をしなさい」
「は、はい?」
戸惑うばかりである。
「皆、ラヴィアーナ主任に従って作業をするように。彼女がエキスパートだ。君らが培ってきた技術はここでは通用しない。わかったな?」
「わかりました!」
「では、鋭意努力を求める。新たな技術にも触れて自らを高めなさい。作業開始」
一斉に作業が始まる。迷っている暇はなかった。希望が見えたのだから今はできることをするまでである。表情の明るくなった少女たちの期待にも応えたい。
(桜華杯をイオンスリーブだけの舞台にはしない)
そう誓って、ラヴィアーナは各チーム分の工程表を組みはじめた。
◇ ◇ ◇
「どうにかなりそうです」
そう言うマシュリにミュッセルは頷いて返す。
「ったく、ろくでもねえことしやがって」
「そうですか?」
「お前は知ってたんだろうよ。俺の耳にも届いてたくれえだからよ」
新型駆動機の開発情報は漏れてきていた。小出しにされた噂の流れ具合からして、意図的なリークだったと思われる。アームドスキン製造各社を牽制する狙いがあったのかもしれない。
「あっちこっち、蜂の巣を突付いたような騒ぎになってんだろうな」
予想するまでもない。
「現在進行系の開発計画は凍結でしょう。イオンスリーブの製造販売が公表された以上、情勢を鑑みての組み込みを検討しなければなりません。一部設計は見直しになりますので」
「こちとら、ホライズンへの搭載と実績作りから徐々に浸透を狙ってたってのに、こんな派手にぶち上げちまったら変に過熱しちまうじゃん」
「ヘーゲルがマッスルスリングまで公開すれば混乱は必至です。各社は迷走するかもしれませんね」
メイド服のエンジニアの銀色の視線が意味するところを読む。
「そうか。迷わせれば沈静化させられっかもしんねえな。静観するしかねえ状況を作ればいい」
「一策ではあります」
「ってーことは、俺はどうすればいい? イオンスリーブの出鼻を挫いてやればいいのか」
迷う材料を与えればいい。一色に染まりつつある情勢をかき混ぜるのが彼の役目だろう。
「まさか、技術開発の流れまでぶっ壊さなくちゃなんねえとはな。ま、なんにしても、負けるつもりは毛頭ねえがよ」
「そのあたり、君は一貫してるからさ」
「うっせえよ、グレイ。お前だってそうだろうが?」
「言うまでもないね」
ミュッセルは狼頭の少年と拳を合わせて桜華杯への意気込みを伝えた。
次回『リバイバルパワー(1)』 「余計なもん付け足すんじゃねえ!」
明日より夏休み集中更新を行います。朝7時と昼12時の二回更新をしますのでお楽しみください。




