幕開けは突然に(2)
コーファー重機械産業機構の発表会の中継は業界の人々が各所で鑑賞していた。当然、ヘーゲルのアームドスキン開発プロジェクトチームも同様である。
「これほど大規模に仕掛けてくるとは予想外でしたね」
副主任のジアーノ・ジョアンは皮肉げな笑いをもらす。
「情報そのものはちょっとずつリークされていたから把握していましたし、流れからして搭載アームドスキンをクロスファイトでこっそり使って鮮烈デビューを演出するのかと予想してましたけど」
「それほど自信があるのでしょう。特許登録されているとはいえ、基礎理論から内部構造まで明確にしての投入なのですからね」
「製造工程など、簡単には模倣できないと踏んでますか。確かに模倣しようにも、機械分野からのアクセスでは話にならない」
生物構造からくる発明でも、対象が人体ではない。予想の斜め上を行くものだった。主任のラヴィアーナも少なからず驚かされている。
「だからコーファーはサナクルも巻き込んでの開発だったのでしょう」
最後に取って付けたような共同事業者にサナクル生化学工業と星間管理局開発部兵器廠の名前が挙がっている。
「これほど兵器廠をなおざりにする自信はどこからくるのかわかりませんけど」
「アームドスキンもすでに完成、生産されていると考えたほうがいいですわね。今からでは追いつけないというアピールなのかもしれません」
「ですけど兵器廠も出してきますよ。コーファーの独占ではないです」
彼らが掴んでいた情報は兵器廠がメインの開発だった。
「社運を賭けての大博打。ここ数年は目立った動きがなかったのは、新駆動機に全力を傾けていたと思いますわ」
「なるほど、兵器廠に配慮してる余裕はないと」
「少々大胆な賭けと言わざるを得ませんけど」
ラヴィアーナは発表された駆動機の3D投影モデルを取り込み表示させる。指でなぞって全体の確認をした。
「画期的な機構です。自信を持ちたくもなるもの」
読み取れる情報からそう感じる。
「発表されたとおりの出力が現実であれば、の話ですよ?」
「いいえ、ジアーノ。そこは誤魔化したりしないでしょう。ただし、この機構には大きな問題点があります」
「はい。イオンスリーブはスライド駆動しかできないですからね」
発表されているのは必要電力と発生出力だけ。
「もしかしたら回転力アクチュエータも開発されて秘されているのかもしれませんけど、現状その様子はありません」
「そうですね。回転を必要とする部分は従来の常温超電導ステッピングモーターのパックの補助駆動力として採用するとしか思えませんね」
「それでもかなり省容量省エネルギー軽量化高出力は実現可能でしょうが」
データはそれを示している。なので彼女も画期的と断言した。
「問題は、こちらの段取りが間に合ってない点ですよね?」
ジアーノは苦い顔で言う。
「ええ、桜華杯を目標にしていたのですけど、まさか駆動機開発部がより効率化を目して横槍を入れてくるとは思いませんでした」
「マシュリさんが基本構造は手の入れようはないとおっしゃられていたというのに」
「おそらくカーメーカーの主軸たるトルクジェネレーターに対する彼らなりのこだわりなのかもしれませんけど」
アクチュエータ製造に遅滞が生じてしまった。
「ともあれマッスルスリング駆動機、フラワーダンスのホライズン五機分は確保できました。ただし、組み込んで調整しパイロットに慣れてもらう時間がもうありません」
「マンパワー的には一機分が限界ですか。やはり勝利を目するのであればビビアン機を優先するしかありませんよね?」
「無論です。ビビがどれくらい動けるかでフラワーダンスの総合力は大きく変わります」
マッスルスリングを採用するのは主要関節だけとはいえ、組み込みはほぼ解体、再構築という手順になる。その作業を行ってさらにパイロットに完熟訓練までさせる時間を考えると一機が限界だった。
「仕方ありません。組み込みは予備機を使って順次行い、入れ替えというスタイルにいたしましょう」
その選択肢しかない。
「順番はビビアン機の運用から考慮するとして、まずは一機仕上げるのに全力を尽くしますよ」
「ですね」
「すみません。そうでなくとも大変なのに」
すでに赤いストライプを持つホライズンはバラバラにされて各部がクレーンで吊られている状態。従来型駆動機の取り外しからマッスルスリングの組付けまで、プロジェクトの整備士が全力投球している。
その光景を指を咥えて見ているしかないビビアンは申し訳なさそうにしている。しかし、イオンスリーブが実戦投入濃厚になった以上、ホライズンにもマッスルスリングが搭載されないと不利になるはずである。
「桜華杯で二人と対戦して勝利するのが目標なのでしょう? だったら、その前の不安材料は排除します」
「それに、ヴァン・ブレイズやレギ・ソウルと当たるんならマッスルスリングは最低限必要なんだからさ」
「はい、ありがとうございます、ジアーノさん。ヴィア主任もどうかよろしくお願いします」
深々と頭を下げる少女にラヴィアーナは安心させるよう微笑んでみせた。
次回『幕開けは突然に(3)』 (ワークスチームらしくなってきたのかしらね?)




