幕開けは突然に(1)
「我らコーファー重機械産業機構が新たに共同開発した駆動機関は微細な構造を有しております」
広報の社員が解説する。
「元は真正細菌が運動に用いる『鞭毛』の構造を模したものです。皆様も御存知のとおり、このイオン分子モーターとも呼べる構造は解明されたものの応用が非常に困難とされてきました。それは大型化が非常に難しく、可能になったとしても出力的に実用に乏しいと考えられていたからです」
投影された3Dモデルには細菌が鞭毛を回転させて移動する様子が映されている。拡大され、固定子や回転子の構造が示されようとも素人には理解が及ばないであろう。わかるのは、それがモーターのように回転し、連鎖プロペラ構造をした鞭毛で泳いでいる様子だけ。
「長年、放棄されていた研究ですが我が社はこの構造理論に着目した論文に投資を行い、新たな構造へと進化させることに成功したのです」
つまり金を出しただけなのだが、我が事のように誇る。
「それがこちらの『イオンスリーブ』。イオンによって発生する反発力を回転力に変換するのではなくソレノイド、つまり筒内に電磁可動子を持つ構造に似たイオン可動子を作るという画期的な構想に至りました」
モデルは変わり、筒状のイオンスリーブ内を同じくイオン可動子がスライド運動を行う構造を示す。イオン流の機械的な回転力ではなく、並行方向の移動力へと変換したという。
「このイオンスリーブは一つが直径3ミクロン、長さ7ミクロンの構造体です」
スケールが表示される。
「それを積み重ねることによって大きなストロークを生みだし、なおかつ束ねることで強力な出力を生みだします。要するに、このイオンスリーブは従来のジェルシリンダと同様の駆動が可能だということです」
3Dモデルは微細な構造体の集積へと変化し、一つの駆動機へと成り代わった。その外観はジェルシリンダに似ていながらもスリムなものであった。
「このサイズでジェルシリンダの約二倍の出力を有します。電気的に制御が容易で、かつ省エネルギーな駆動機となりました」
満面の笑みで宣言する。
「これからの新時代はこのイオンスリーブ駆動機の活躍の場になるでしょう。我らコーファー重機械産業機構はイオンスリーブを用いた新たなアームドスキンの開発にも成功しております。今春開催されるクロスファイトの桜華杯にてお披露目する予定となっております。ご期待ください」
大きな拍手が送られる。新製品発表会見場に集められた技術系ジャーナリストやアナリストにとって革新的な内容であったからだ。
「まるで自分の手柄みたいですよ。いいんですか、部長補佐?」
会見映像を眺めていた研究員は不平タラタラの口調である。
「イオンスリーブはトルタ部長補佐が論文を拾ってきて研究させたものじゃないですか。しかも、最終的な構造から製造手順まで確立したのはあなたなんですよ?」
「まあまあ、いいじゃない。うちは別に名誉なんて欲しくないの。アームドスキンという兵器が確実な抑止力足り得るようになればと思って開発に着手したんだから」
「でも、おかしいでしょう? 共同開発したとは言ったけど、星間管理局開発部兵器廠の名前なんて一度も出してません。確かに部長補佐が独断で動かせる予算はしれてるかもしれません。だからコーファーに共同開発をオファーはしましたけど、全部持っていっていいなんて誰も言ってないのに」
彼も尽力してくれているのでクレームを言う権利はある。
「腑に落ちない?」
「腹が立ちますよ」
「じゃあ聞くけど、君はイオンスリーブを組み込んだアームドスキン『カシナトルド』がコーファーの『イオノインカ』に劣るとでも言う?」
部下は顔をしかめる。絶対にそんなことはないと顔に書いてある。
「でしょ? ならいいんじゃない?」
実績のみが物語るものがある。
「はいはい、トルタ部長補佐はそういう方ですよ。僕が一番知っています」
「その道の人はちゃんと見極める目を持ってます。こんな大口叩かなくても評価はあとからついてくるから安心なさい」
「ですよね。トルタ部長がそう言うなら」
失言をする。
「こら、間違えても『補佐』を忘れない」
「でも、いずれあなたがトップに立つのは当然じゃないですか? 皆言ってます」
「それでも、今言っちゃ駄目」
諌められた部下は苦笑している。将来を確信しているかのように。
(うち、ここまで来ましたよ、師匠)
カルメンシータ・トルタは思う。
(アームドスキンを隅々まで教えてくれた師匠のお陰です)
師匠とはアデリタ・トキシモのこと。司法巡察官『ファイヤーバード』ジュリア・ウリルの下、警備艇フォニオックで暮らした日々は彼女の資本になっていた。協定機にまで触れられたのだ。
(うちはアームドスキンを正しき姿に導くためにこの身を捧げます、ジュリア)
学んだこと全てを活用すべく兵器廠に移動を志願したのだ。
(それが、あなたの望む星間銀河圏の秩序に繋がるなら、もう二度と会えないかもしれない寂しさなど苦にしません。いつか、あなたに誇ってもらえる人間になるために)
それがフォニオックを卒業したカルメンシータの誓いだった。
次回『幕開けは突然に(2)』 「少々大胆な賭けと言わざるを得ませんけど」




