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ゼムナ戦記 クリムゾンストーム  作者: 八波草三郎
非日常型少年

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215/409

届けたいもの(1)

「さいっこーのエンディング!」

 カメラが止まってもデュカは大喜びでミュッセルをハグしてしまう。

「これで明日の撮影最終日は祝勝パーティー。ばっちりだわ」


 密着レポート『あなたは普段どんなことを?』ミュッセル編も翌日のレーネの日で終了。歴代トップクラスのPVに迫りつつある更新も有料パートの視聴数も順調で笑いが止まらない。ランキングに並ぶのはのは大物芸能人ばかりなのを考えると快挙である。


「ありがとね」

 嫌がる美少年の頬にキスをする。

「話題になって拡散されてユーザーもすっごい増えた。あとは同じクオリティを維持できてリピーターにできれば大成功。そこはわたしの腕次第だから」


 異例の導入から始まったミュッセル編は一つのパターンにできそうだ。これまでは大物狙いだと相手の鷹揚さに頼る部分が多かったが、怒られて拝み倒すというのも悪くないとわかった。


「それでいいのかよ」

 少年が尋ねてくる。

「いいってなにが?」

「このまんま番組続けてく気なのかって訊いてんだよ」

「続けるわ。だってこれ一本しかレギュラーないんだもの」


 他の仕事などごくたまにしかない。それもほぼ同様の役割を求められる。デュカにできる仕事はそれだと業界に認識されているのだ。フリーランスのタレントに選択肢は少ない。


「情けない姿でもウケればいいのか? なんとなくの流れで半裸を見せろと言われれば脱ぐのか? それがお前のやりたいことなのかよ?」

 問い詰めてくる。

「こらこら、つまんないこと言わない。カメラがまわってないからいいけど、まわってるときはやめてね」

「答えろよ」

「これが大人の『仕事』なの。自分にできることをちゃんとやる。そうしないとお金は発生しないんだから」

 言うまでもないこと。

「君が言ってるのは子供の理屈。やりたいこととできることは違うの」

「満足してんのか?」

「してる。現場はこうして二人でまわせてるけど、チーフの送った撮影データを配信できる形まで編集してるスタッフチームもいるんだから。みんなの生活が守れてるのはわたしができることをやってるから」


 二人で番組が作れるわけではない。指標はチーフディレクターのマイスが指示しているが、伴う作業をするチームがバックにいる。編集作業が終わってチーフの確認が入ってようやく配信できている。それが毎日くり返されているのだ。


「わたしだってもちろんジーニャみたいな芸能人に憧れてこの業界に飛び込んだわよ?」

 夢を抱いていた、それこそ少年くらいの年頃のこと。

「でもね、社会に揉まれたら自分にできることって見えてくるものなの。で、できることをやって日々暮らしていけるようにするのが大人の仕事」

「夢は捨てたのか?」

「ちょっとくらいは叶ってる。憧れた芸能人たちって、美しい歌声を届けたり、すごいパフォーマンスを見せたりして誰かを笑顔にしてる。わたしもその一人だった。方法は違うけど今誰かを笑顔にしてる自信がある。だから満足。OK?」


 紛うことなき本心だ。デュカも突撃取材を始める前にミュッセルの過去の試合や発言の要点をチェックしている。彼が勝利のために、たゆまぬ努力を重ねてきたのも知っている。だからこその質問なのだから真摯に受け止めなくてはならない。


「結局あきらめたんだろ?」

 納得してくれない。

「チャンスに恵まれたほうよ。この世界、血の滲むような努力をしたって、まったく花も咲かせられないまま消えていく人なんて幾らでもいる。むしろそっちが多数派。なのに、わたしはこうしてカメラの前に立ててる。他になにを望めと?」

「今のお前が全部なのか?」

「……それは言わない約束」


 本人に自覚があったのかはわからないが深い質問だった。躊躇うも答えは一つしかない。多くを望んで全てを失うのは怖いのだ。それも大人になって学んだこと。


 デュカは不満げなミュッセルの耳元に「ありがと」と囁いた。


   ◇      ◇      ◇


 明けてレーネの日。


 ブーゲンベルクリペアのメンテスペース中央にパーティーテーブルが広げられる。最近増えた祝い事のために改めて準備したものだ。そこへデリバリサービスの無人機が次々と料理や飲み物を運んでくる。

 ミュッセルとグレオヌスは大忙しでそれらを並べていく。彼らは今日はホスト側なのだ。肝心のゲストが来るまで準備を終えてなくてはならない。


「わお、ご苦労!」

 どうにか間に合わせた二人を労ったのはビビアンである。

「大変だったんだぜ?」

「無理しなくてもよかったのに。だって、あんたたちのデビアカップ優勝の祝勝会も兼ねてるんだから」

「流星杯の優勝とは格が違うだろ? とんでもねえことやらかしやがって」

 女子のみのチームのメジャー制覇は史上初であった。

「うんうん、苦しゅうない。讃えなさい」

「つけあがりやがって。今に見てろ?」

「高みで待ってるわ」


 鼻をそびやかすフラワーダンスメンバー。迎える少年たちも言うほど不快そうではない。そこには喜びが満ちていた。


「一部スポンサー様にも感謝しろ」

「はい、ありがとうございます! ご馳走になります!」

 番組予算も投入されている。

「その代わり全編撮らせてね。あとでコメントももらうから」

「喜んで。舌が滑りまくるほど美味しそうな料理ですから」

「じゃ、始めましょう」


 デュカとマイスを含めての祝勝パーティーが開始された。

次回エピソード最終回『届けたいもの(2)』 「調べはついてんだ」

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― 新着の感想 ―
[一言] 更新有難う御座います。 勝つことより負けないことが重要な時もあるんやで?
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