リクモン流(4)
修練場のほうではミュッセルが体重で二倍三倍ありそうな門人と組手をしている。小さい相手と組むのは難しいのもあるだろうが、それにしても彼のほうが確実に押している印象だ。
「わかるか?」
師範のゴセージにぽつりと尋ねられる。
「リクモン流の技法ですか。ようやく少しは。打撃の強さは打ち方ではなく身体の使い方ですね? 大地に殴られている感じです」
「大地に殴られているか。言い得て妙よの。我が流派の極意は芯を通すことにある」
「簡単に教えてくださってもよろしいので?」
ゴセージは「言うは易しよ」と答えてきた。
「重心と打撃位置、方向の関係ですね。打撃系の格闘技だと『ウェイトを掛ける』とか表現しますが」
「いわば拡大版よ。徹底して芯を通すのがリクモンの教え」
「確かに非常に難しい。僕では無理でしょうね」
理解できてきた。リクモン流では身体の小ささはそのまま不利ではないのだ。足から重心、重心から腕までで打撃の芯を通す。または軸足から重心、蹴り足まで芯を通す。そういう作業は低い位置からのほうが易しいのである。そして、威力も高い。
「まさに言うは易し」
師範はくり返す。
「わかります。身体の置き方が勝負でしょう。テクニックの入る余地が……、いえ、それがテクニックの全てだと言っていいのでは?」
「嗜みのある者は見え方が違うものよの。それが一目に解せる者はそうはおらぬ」
「父が厳しい人なので多少は鍛えられております」
正直に答えた。
「ミュッセルは真綿が水を吸うようにリクモン流を吸収しおった。わずか三年で修めたんだからの」
「性に合ってたのでしょう。見た目のわりに荒々しいんでね」
「ふむ」
ゴセージはグレオヌスを見て愉快そうに微笑む。理解者を見つけたと言わんばかりだった。
「貴殿、得物はそれか?」
バッグのウレタンスティックに視線を送られた。
「ええ、僕は剣一本です」
「それであれの相手が務まるか?」
「間合いも腕も長いのでどうにか」
謙遜ではないが聞き咎められた。
「本当か? 慣らし程度だろう」
「違えぞ。わりと本気でやってる」
「なんだと!?」
師範代の声が大きすぎて少年まで届いてしまう。そこに要らぬ茶々を入れるものだから、全員の目がグレオヌスに集中した。
「少年、手合わせ願おう!」
遠慮したい展開だった。
「異種すぎてそれほど参考になりませんよ?」
「ミュウとは試合ってるのにか?」
「彼はクロスファイトで剣士とも対峙します。そういう意味でメリットがあるだけですから」
懸命に言い訳をする。
「すまぬが相手してやってくれぬか。これでは収まるまい」
「師範どの」
「貴殿にも得るものがあろう」
ミュッセルはニヤニヤしている。一人で道場の若い門人全てを面倒見るのに飽いだらしい。
(気楽に言ってくれる。ウレタンスティックとはいえ、フィットスキンも着てない人間を打つのは気が引けるんだぞ)
恨みがましい視線を送った。
仕方ないので上着だけ脱いで修練場に降りる。ウレタンスティックを腰に置いて膝を突き礼をした。
「それでは少しだけ」
「よろしく頼む」
抜く動作だけして正眼に構える。切っ先の向こうに相手の胸を照準した。視界は広く取って身体全部の動きを見る。
「せやっ!」
深く踏み込もうとしてくる門人に足を引いて応える。手首を払おうとしてきたのを逆に叩いて落とした。
「おいおい、今ので手首から先が無くなってんぞ」
「く!」
ミュッセルが囃す。
門人の顔が紅潮した。恥じているのだろうが知ったことではない。彼とて父から授かった剣技がそうそう劣るものだなどと認められない。簡単には負けられないのだ。
(懲りないな)
強引に踏み込もうとしてくる。切っ先を落として膝元に置いてやった。それだけで動けなくなる。
一転して半身で抜けた。胴を綺麗に打ち抜きながらである。鈍い音が道場に響いた。
「死んだぜ」
「ぬぅ、もう一本!」
食い下がってくる。
「よしておけ。ミュウの冗談ではないようだ。貴様らでは歯が立たん」
「やる気か、ヒュー?」
「うむ、私が相手しよう」
出迎えてくれた男が前に立つ。師範代というからには道場でも一番の手練れだろう。心して掛からねばならない。
「師範代ヒュー・パイモンだ。参る」
「グレイです。よろしく頼みます」
相手を変えて構える。ちょっと外して胡座をかいているミュッセルを除けば、門人全てが隅に寄って固唾を飲んで見守っている。非常にやりにくい。
「ふぅー」
静かに深く息を吐いた。
「はっ!」
「ひゅっ!」
先ほどの数倍する気当たりが来た。彼も応じて返す。一合も刻まないのに衝撃を伴わんばかりの衝突である。
「やるやる。ヒュー、大人げねえぞ」
「それだけの相手ということ。礼儀だ」
「では僕も礼で返しましょう」
(本気で対さねば失礼というもの。痣の一つふたつは勘弁してもらわないとな)
切っ先の照準は顎まで上がる。
その瞬間に大きな身体が剣の間合いの内まで入っていた。拳が本当より十倍くらいの圧力で襲ってくる。下手に回避すれば拳圧だけでよろけかねない。
グレオヌスの直前まで拳が迫ってきていた。
次回『リクモン流(5)』 「殺しにいくつもりくらいでねえと狼の餌だ」




