甘酸っぱい合宿(1)
途中から記憶が定かでないのでデュカは翌朝『あなた普段はどんなことを?』の配信を観る。
マシュリに着替えさせられたエンディングの彼女は、同乗のお礼とコクピットでの感想になっていない感想を述べてダウンしている。不本意なのだが寄せられたコメントは極めて良好で、最近で一番大爆笑したというものが多かった。それだけが救いである。
(うわ、ちゃっかり)
流星杯準決勝に勝利したチーム『フラワーダンス』が降りてくると、チーフがサイレントでインタビューをしていた。
「ありがとうございます」
テロップの質問に対しリーダーのビビアン・ベラーネが答える。
「はい、決勝です。メジャートーナメントで初めてなので気合入ってます。……え、自信ですか? ないです。でも、全力を尽くします」
「自信がねえじゃ駄目じゃん」
「ありますとか言えないでしょ!」
ミュッセルの茶々に反応している。
「しゃーねえ。こりゃ、強化合宿だな。ヘーゲルの試験場、空きスペースに保養施設ができたって喜んでたろ?」
「そうだけど」
「使いますか?」
アームドスキン開発プロジェクトのトップ、エンジニアのラヴィアーナ・チキルスという女性が誘っている。話はほぼ即決だった。そして、チーフは密着取材の許可も得ていた。
(ああ、本物の悪魔の顔をしている……)
『天使の仮面を持つ悪魔』の異名を持つ美少女にしか見えない赤毛の少年が顔を背けてニッタリと笑っている。完全に良くないことを企んでいる人間のそれだ。
デュカは朝から震えあがる羽目になるのだった。
◇ ◇ ◇
再度リフトトレーラーの乗客になったデュカはタレスの街外れに向かっていた。そこにヘーゲルが新設したアームドスキン試験場があるという。ツインブレイカーズの二人は馴染みらしい。
「よく合同訓練をしていると?」
道中でも話を聞く。
「割とな。チームとして全然タイプが違うだろ? 経験値上げるのにちょうどいいんだ」
「仲もいいから話も合わせやすいわけね。ヘーゲルの方とも懇意にしていると」
「まあな。持ちつ持たれつだ」
場所を提供してもらう代わりに協力もしている。そんな関係性だという。彼らのようなプライベーターには貴重なコネクションなのだろう。
「今日は訓練か、ミュウ? うちのチームならさっき入ったぞ。ああ、最終調整か」
「合宿だ。週末まで五日ほど世話になんぜ」
「そうか。わかった」
二つ返事でゲートを通過する。ほぼフリーパス状態なのがこれまでの経緯を物語っていた。
(ただの友達じゃない。思ったより深いんだ。これは、あの娘たちを突っついたら面白い話が聞けるかも)
リポーター心が疼く。
幾つかの建物を抜けてそのまま進むと広いスペースにたどり着く。整地だけされた天然の土がそのままの場所など都市暮らしではなかなかお目にかかれない。見渡すかぎり場所に数本の模擬障害物が置いてあるだけだった。
「ここ?」
「ああ、着いたぞ。降りようぜ」
ワンフロア分の高さもない建造物だけしかない。早すぎたのかと思ったら、建物脇のハッチが下に収まり、可搬エレベータで五機のアームドスキンがせり上がってきた。地下に整備スペースを兼ねた機体格納庫があるようだ。
「ようこそ、ヘーゲル試験場へ」
建物から出てきたラヴィアーナと握手を交わす。
「よろしくお願いします」
「地上設備と併設された保養施設は撮影してもらってもかまいませんが地下は遠慮してください。企業秘密が多いので」
「はい、伺っております。問題あればお声掛けください」
大人の対応をする。
「案内しますといっても、アームドスキンを動かすだけの場所です。見えるものだけですわ」
「逆に撮影しやすくていいです」
話をしているうちに少年二人は機体を起こしている。リフトトレーラーは自動でエレベータに向かうと地下に降ろされていった。
「いらっしゃいませ、デュカ」
降着姿勢になったホライズンから少女たちが降りてくる。
「お邪魔してます、ビビアン」
「ようこそ。ホライズンも見ます? なんだったら乗ってみてください。ヴァン・ブレイズより快適だと思いますけど?」
「ひっ!」
途端に気分が悪くなる。しゃがみこんでブルブルと震えた。
「駄目よ、ビビ。昨夜の配信見てないの?」
サリエリという少女が咎めている。
「昨日は疲れてたからまだ。すぐ寝ちゃって」
「トラウマになってるの。ヴァン・ブレイズのサブシートで地獄を見たから」
「あー……」
それだけ聞いて思い当たったらしく申し訳なさそうな面持ちで謝られた。
「すみません」
「う、ううん。こちらこそ、せっかくのお誘いなんだけど」
「ごめんなさい。あの馬鹿は加減を知らないので。心中お察しします」
理解が早い。あんな経験を目の前の少女たちがしていると思うと信じられない。
「あなたたちは平気なの?」
「慣れてますので」
「訓練始める前に少し話を聞いてもいい?」
興味が湧く。
「どうしてクロスファイト選手としてアームドスキンに乗ろうと思ったのかしら?」
「前からスポーツは好きだったんですけど、他の人と違うなにかをしてみたくて。すごい人が壁として立ちはだかってる競技じゃなくて、まだ頂点が見えるような新しいなにか。そんなときにミュウがクロスファイト選手をやってるの知ってからですね」
「へえ、彼と同じことをやってみようと?」
面白い話になってきたとデュカは目を光らせた。
次回『甘酸っぱい合宿(2)』 「キャリア最大の汚点になったわ」




